救援のシステムがないのでしょうか?(南房総の台風被害)

 NHKのお昼ののど自慢を見終わった後、ニュースでは千葉の台風被害に関する情報が流れていました。

 各自治体での不足している物資が伝えられます。

 見ていて、なんとも言えない気持ちになりました。

 今回の台風被害の報道は、報道が遅かったということも不思議でした。

 そして、一週間たってもまだ停電が続いている地域もあるということで、なんだかもどかしいような、何かがスマートでないような、もやもやとした感情がわいてきます。

 なにしろ、被害から復旧できずにいるのは、東京都からは隣の県である千葉県です。

 都民の感覚としては、ちょっと電車に乗れば行かれる地域であり、東京とはそう離れていないと感じる場所です。

 それなのに1週間たってもまだ電気がとおらず、食べ物や生活用品が不足し、お風呂に入れないお年寄りがいるのです。

 信じられないような気持ちです。

 その一方で今日の東京はおだやかな日曜日で、テレビでそうした報道を見ています。

 救援物資やボランティアの募集は、各市町村単位で行われているようで、そのあたりも被災地の外から見ると困ってしまいます。

(いったいどの自治体を選べばいいの?)

 誰か、こういう状況を広域でとりまとめる「指揮官」的な存在はいないのでしょうか?

 レトルトの食品、保存のきく食品、トイレットペーパー、ウェットティッシュにブルーシート。

 そういうものが不足していると知っても、今度は品目指定で、被災地の特定の場所まで届けるか、宅配便でということになると、そこでも再び困ってしまいます。

 せめてどこかの組織に「募金してください、あとはそこから手配しますから」と言ってもらえれば、大勢が少額ずつでもなんとかできるかもしれないと思うのですが…。

 おそらく被災地の市役所、町役場は大変な状況にあるのでしょう。

 そして、それを取りまとめる組織というのは、どうやら、ない…?(???)

 それにしても、それほどの災害に、各自治体でそれぞれ対応というのも、ちょっと無理があるのではないか?と思います。

 「少しでもなんとかならないの?!」

 ついつい、心で叫んでしまいます。

 こちらはこちらで、「何かしたくても、これではどうしたらいいのか、動きにくい…💦」というもどかしさです。

*リンク先は東京新聞の、千葉ボランティアに関する記事です。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201909/CK2019091502000136.html

*昨日(14日)12:00発信の、現地からの情報です。現地では被災地相互での連絡もまだ、よくとれていない状況のようです。少しほっとする部分もありますが、地域差がずいぶんあるようで、これからいろいろわかってくるのかもしれません。https://news.goo.ne.jp/article/wedge/business/wedge_17354.html?page=1

 

 

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「なつぞら」で考えた少子高齢化対策のこと

 NHKの「なつぞら」で、なっちゃんと一久(いっきゅう)さんが仕事と子育てで奮闘しているのを見ていて、ふと思ったのですが…。

 少子高齢化対策って、もしかしたら社会にその予兆が現れた段階で早めに対策をしておけば、防げたことではないかな?と思いました。

 だいたい、そうなってしまう20~30年ぐらい前でしょうか。

 つまり、若い人たちが子どもをあまり産まなくなったとか、そもそも結婚をしなくなったとか。

 あるいは若い人たちの不妊が増えたとか。

 社会にそういう現象が見られ始めた時点で、国などが対策をとってあげて、子どもを生みたがらなくなった原因や、そもそも結婚をしたくなくなった原因を取り除いてあげていれば。

 そして、その原因というのが、社会の状況(たとえば、保育園が足りないからとか、会社をやめなくてはいけなくなるからとか、)あるいは経済的な事情によるところが大きいというのなら。

 国など、社会が早めに手をうって、そういう社会的状況や経済的状況を取り除いてあげていれば、現在の日本ほどの少子高齢化社会にはならなかったのではないのかな?と思いました。

 日本は今もう、人手不足で困るような社会になっているということは、だいたい今から30年ぐらい前でしょうか。

 その頃の日本の若い人たちは、結婚や育児に積極的な気持ちになれる状況だったのでしょうか?

 いわゆるロスジェネ世代が現在39歳から49歳ぐらいで、男性が結婚に積極的になれなかった世代だとすると、このロスジェネ世代の人たちが19歳から29歳ぐらいだった頃。

 つまり、やっぱり20年~30年ぐらい前に対策していれば、現在の日本の状況はもっと違っていたかもしれないと思いました。

 以前に何かの授業で、少子化はヨーロッパ諸国でも深刻な問題だと聞いたことがあります。

 でもその時の授業では、たとえばフランスなどでは婚外子も平等に扱われるようにしてあげることで、少子化対策に効果をあげたと聞いています。

 今の日本というのは、少子化の予兆をほおっておいたら、結局こうなりましたという典型例なのかもしれません。

*こちらはローリエプレスという、若い女性向けのサイトで、2016年の記事です。
https://laurier.press/i/E1352794757386

*こちらは管理者不明の「高齢化社会を考える」というサイトですが、フランスではなんと、50年も前から少子化対策を始めていたそうです。(!)
https://koureika-shakai.com/torikumi/france/

*こちらは偶然見つけた、移民では労働力は補えても、その国の人の少子化対策にはならないという、ちょっとショックな情報です。(2015年の記事。管理者不明です。
http://www.thutmosev.com/archives/43956366.html

 

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「なつぞら」、生まれていました。(^^)

 昨晩、帰宅して録画を見たら、昨日の放送でなっちゃんの赤ちゃんが生まれていました。

 出産のシーンが、牧場の牛の出産の場面とからめてあって、ちょっとおもしろい…。

 もぉぉぉ~!(←牛の鳴き声です。ヴォリュームは小さめ。笑)

 人間の赤ちゃんも、動物の赤ちゃんも、本当に大変な思いをして生れてくるんだなぁと思いました。

 ところで私は、この8月にいろいろ見ていた戦争に関する番組のイメージがぬぐえなくて…。

 あんなにも大変な思いをして生まれてくる生命というものを、人間は戦争になったら殺すなんて、人間って本当に愚かだなぁ…と。

 戦争なんて、本当に人間としての愚かの極み!であって、絶対に起こしてはいけないことだなぁ、などともおもっていました。

 「いかなる理由があろうと、戦争というものを肯定するなんて、人間として絶対に間違っている!」。

 などと、感動して泣きながらも同時に激しく、一瞬強く思ってから…。

 今朝は無事に生れたのを見て安心したのか、録画をセットするのを忘れて外出してきてしまいました。(←あっ…!)

 なっちゃん、職場復帰してそれからどうしているかなぁ…。

(^^)

*リンク先はNHK、「なつぞら」のサイトです。
https://www.nhk.or.jp/natsuzora/

 

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なっちゃんのためにも資本主義社会を終わらせたい?!(^^)

 

 NHKの「なつぞら」を見ています。

 ヒロイン、アニメーターのなっちゃんは、明日には出産しそうな感じです。

 この「なつ」というヒロインは、今までの私が見たこともないような女性です。

 女性でも「出産した後も、働き続けたい」という女性なら、実際の企業の中でたくさん見ています。

 ところが、このなつという女性は、単なる仕事が好き!というだけではありません。

 その生来の素質として、まったく新しい「働く女性像」を作っていくような力があるのです。

 また、本人の中には、働きたいという意思があるというだけでなく、世の中の方でも彼女の能力を求めていて、その才能が必要とされるというほどの働く力を持っています。

 それでも、実際に出産が近くなったら仕事は休み、出産が終わった後には、ある程度の時期を過ぎてから、今度は職場復帰して男性並みに働く予定です。

 幸い、夫の一久さん(いっきゅうさん)は現在、自宅で仕事をしているので、なっちゃんが出産したら、自分が育児をしようととても積極的。

 でも、その一久さんだって、自分の力を出せる職場が得られたら、その時は働きに出たいと思っているのです。

 だけど、そうしたらその時、赤ちゃんのお世話は誰がするの?

 時代背景はいつ頃なのでしょう?

 なっちゃんが昭和21年の時点で9歳ということから察するに、だいたい30歳ぐらいで昭和42年ぐらいなのでしょうか?

 それとももっと若いのかも。(笑)

 ドラマを見ていると、一久さんとなっちゃんの関係がとても良くて、ふたりは社会に向かってはアニメーションを作るという仕事で同じ方向を見ていますが、それと同じぐらいの気持ちで、家庭もふたりで作っていこうとしています。

 そういうふたりを見ていると、応援したくなります。

 現在であってもそうですが、資本主義社会では、女性の産休や育休を大切にしてくれる会社というのはなかなか少なくて。

 昔よりはずいぶん良くなっているとは言え、まだまだ子育て中の女性には大変なのが現実です。

 でも女性が子どもを生むからこそ、社会は未来の労働力が得られるわけなのに。

 その負担はどうして、個々の家庭が負わなくてはならないの?

(社会が引き受けるべきでしょう?!)

 お金においても、時間においても、子育て家庭は楽しいのと同時に大変そう。

 とくになっちゃんのお家では、今のところお金もそうですが、何よりも子育てをする労力が不足してしまうかもしれない気配です。

 

 だから、なっちゃんと一久さんを見ていると思ってしまいます。

 ああ、私がやっぱり、こんな子育ても十分に支援してあげられない資本主義なんかさっさと終わらせて、すべての子育て家庭が安心して、お金と時間と保育所の心配をしなくてもいいような社会にしてあげたい!(笑)

 女性の出産や子育てについて考えるのは、もっともっと、ずっと先という優先順位でいたのですが、でもそれなのに早く!と思ってしまいます。、

 

 (^^)

 

*リンク先はNHKの「なつぞら」のサイトです。

https://www.nhk.or.jp/natsuzora/

 

 

 

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映画「ひろしま」が放送されます。

 広島や長崎の原爆については、それなりに知っているつもりでいました。

 

 原爆資料館に行ったことはありませんが、子どもの頃からそうした本は読んであったし、原爆による被害の写真や絵もまた見ています。

 

「黒い雨」(井伏鱒二著)の中の描写は、ほんの数行であっても、トラウマになりそうなほどのおそろしさでした。

 

 さいたま県にある、丸木美術館では「原爆の図」も見ています。

 

*リンク先は丸木美術館です。

http://www.aya.or.jp/~marukimsn/index.htm

 

 でも、この映画の存在を知った時、私はまだまだ、全然わかっていなかったのだと思いました。

 

 文章や写真、絵画では、どうしても伝えられない要素があるのです。

 

 それは「時間」というもの。

 

 ふっと意識した、その一瞬にして、目の前の世界がまったく変わってしまうというショック!

 

 今、目の前にあった世界がほんの一瞬で、おそろしい世界に変わってしまうこと。

 

 人が、焼けた存在になってしまうこと。

 

 原爆投下直後の広島の写真は、ほとんどないそうです。

 

 人々はそれを映画という形で再現しようとしました。

 

 8万8千人という市民の方々が出演したそうです。

 

 それなのに、その映画もまた、反米的だと見られて、お蔵入りになってしまいます。

 

 そうした経緯のある映画「ひろしま」が、8月16日(金)の深夜0時から、放送されます。

 

 前々日、14日(水)の深夜に、ETV特集「忘れられた“ひろしま”~8万8千人が演じた“あの日”~」の再放送があり、映画が製作された経緯が放送されてから、16日(金)の深夜に映画の放送です。

 

 決して楽しい映画ではありません。

 

 でも、原爆を体験された方たちが伝えたかったことを、どうかたくさんの人たちに、受けとめてほしいと思います。

 

*NKH、ETV特集「忘れられた“ひろしま”~8万8千人が演じた“あの日”~」のサイトです。(こちらの動画でも、かなりの意味があると思います。)

https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/20/2259675/index.html

 

*NHK、映画「ひろしま」のサイトです。

https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/2336/2972455/

 

*リンク先は、映画「ひろしま」について書かれている、個人の方のブログです。

https://blogs.yahoo.co.jp/kotaro2010119/70201339.html

 

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「新聞記者」という映画を観て

 「新聞記者」という映画が好評のようです。

 私も観てきました。

 重苦しくて、ものすごい緊張感があって、そしてほんの少しだけ、ほっとした。

 私はそんな印象を持ちました。

 私の中では、物語の題材の規模もはるかに違う映画ですが、「善き人のためのソナタ」という2006年のドイツ映画を思い出させる作品でした。



 「善き人のためのソナタ」は、旧東ドイツにおける監視社会を舞台にした作品です。


 「善き人のためのソナタ」を観た時にも思ったのですが、人はどうして、社会全体が誰かの支配下に置かれてしまった時、自ら死を選んでしまうのだろうか?と思いました。

(「善き人のためのソナタ」の中では、その数さえも発表できなくなるほどの、大量の自殺者の存在が語られます。)

 誰か権力者に支配された社会で、人が自ら死を選んでしまう理由は、わかるような、でも今ひとつ、わかりきれないような。

 そうした社会に生きる人の全員が、自ら死を選んでしまうというわけではないのです。

 どうやらある、何らかの傾向のある人たちが、死を選んでしまうようにも思えます。

 「善き人のためのソナタ」で描かれていたのは、自由な創造を求める芸術家。

 そして、この「新聞記者」の映画の中に出てきたのは…。

 「人間が、良心を持ち続けて生きることができる社会」というものが、どれほど良いものなのかということに、気づかせられます。

 社会が誰かの支配下に置かれた時、それは時として、とても難しいことになってしまいます。

 映画の題材はたしかに政権批判なのかもしれませんが、この映画の、私のお薦めポイントとしてはそこよりも、この映画が単なる映画作品としても、とても良くできている映画だということです。

(↑私がこのようなことを書いても、あまり信ぴょう性がないかもしれませんが。笑)

 映画が持っている重たい雰囲気とか、全体の暗さの中に、かすかに差し挟まれているような、人間の優しさとか、希望の感じとか、そして最後の音楽までをも含めて全体的に、とても心に焼きつく映画でした。

*リンク先は映画「新聞記者」の公式サイトです。(リンクを開くと音が鳴ります。ご注意ください。)

https://shimbunkisha.jp/


*リンク先は東京新聞のサイトです。政権批判ともとれる映画であるため、テレビでのPRをしてもらえないのに、ヒットしているそうです。(それはそれで、すごい???!)

https://www.tokyo-np.co.jp/article/entertainment/news/CK2019072502000196.html


*リンク先は宮崎日日新聞です。社会派映画としては異例のヒットだそうです。

http://www.the-miyanichi.co.jp/news/Culture/2019072301002250.php

 

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選挙のための輸出規制?

 先日、パソコンのある部品を取り替えようとしたら、箱にハングル文字が書かれてありました。

 私は、日本と韓国は仲良くした方が良いと思っているので、「ああ、そうなのね」と、そのまま取り付けましたが、韓国を嫌いな人たちは、きっと使わないのかな?と思いました。(←そうなのでしょうか?)

 貿易というものは、そういうものだと思います。

 普段は気にしなくても、国外からの輸入品というのはたくさんあって、そのおかげでどの国も快適な暮らしができるのです。

 今回の、政府による輸出規制の話は、私にはどうも奇妙に思えるところがあって、いったいどういうことなのだろうか?と自分なりに考えていました。

 貿易というのは、輸出国と輸入国があるので、韓国への輸出規制がかかると、韓国も困るでしょうが、日本側の輸出業者も輸出先を失って困ると思うのです。

 だから今回の輸出規制に関しては、国内から反発が起こってもおかしくない。

 でも、国内にはそのような動きはなさそうです。

 そして、韓国側では日本製の商品の不買運動も起こっているそうで、こうした時、日本側のその輸出企業は当然に、政府に文句を言いたくなると思うのです。

 でも、こちらもまた、今のところ、そういう気配はなさそうです。

 そうした中で、韓国は困っているという様子です。

 ネットを見る限りでは、日頃から韓国を嫌っている人たちは、その様子を見ていて大喜びです。

 その喜びようを見ていると、私としては、日本に住んでいる韓国の人たちだってずいぶんいるのに、もしかしたらその人たちが嫌な気持ちではないか?と気をもんでしまいます。

 いったいどうして、このようなことになっているのでしょう?

 あれこれ考えてみましたが、一番不思議なのは、やはり貿易においては、輸出と輸入は取引の裏表であるので、相手方である片方だけを叩いて、自分が無傷でいられると考えていられるその発想です。

 どうして、そういう発想になれるのでしょう?

 これは、貿易や安全保障以上の何かがあるのでは?とあれこれ考えてみたのですが…。

 結果的に、自分の中でいちばん落ち着いた答えは、今回の輸出規制は、もしかしたら選挙のための輸出規制ではないか?というあたりでした。

 選挙が終われば、輸出規制は解除されるのが決まっていて、おそらくそのことも、日本側の経済界の関係者には知らされていて、だから輸出企業も、不買運動を受けている企業も何も言わずに選挙の終わりを待っている。

 そして、選挙には大量の韓国が嫌いな人たちが大喜びで出かけていく。

 せめて、そのシナリオであった方がいいのかもしれないと思います。(個人的には嫌なのですが。)

 経済には間接的に人を追い詰め、死に至らしめる力があります。

 現在のような状況が長く続けば、そのうち、どちらかに倒産する企業が出るかもしれないと心配です。

 展開を見守りたいと思います。

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川平朝清さんのインタビューの記事♪

 ひとつ前の記事でご紹介した、J-Waveの川平朝清さんのインタビューに関する記事を見つけました。

 お話されていた内容の半分ぐらい?しか書かれていなくて…。(←もっと書いてくださいっ!笑)

  しかも私がいちばん「!」と思ったり、「それは、たくさんの人に知らせてほしい大事なこと!」と思った部分は、なんとなく抜けているような気もするのですが…。

 それに、おふたりの素敵なお声もありませんが…。(←ラジオではないのだから、当たり前? 笑)

 (文句ばっかり、たくさんスミマセン。m(_ _)m

 ラジオ放送があまりに良かったもので、つい…。笑)

 でも、インタビューの雰囲気がわかるかと思います。

 それに、こちらにはスタジオでの写真が載っています!

 よろしければご覧ください。

(^^)

*リンク先はYahoo!Japanニュースです。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190627-00010007-jwave-musi&p=1

 

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川平朝清(かびらちょうせい)さんへのインタビュー

 6月23日の、沖縄慰霊の日にラジオ放送のJ―WAVEで、戦後の沖縄でラジオ放送局 を立ち上げた の立ち上げに携わった川平朝清(かびらちょうせい)さんのインタビュー番組が放送されました。

 川平朝清さんは、ラジオ・パーソナリティーで有名なジョン・カビラさんのお父さんです。

 音楽も入った55分の番組で、戦後の沖縄への思いから、現在の沖縄の基地問題、そして放送というものは本来どうあるべきかなど、優しい言葉で語ってくださっています。

 沖縄という場所からの、平和への思いが伝わってくる、とても良い番組でした。

 戦後の沖縄がどのような状態にあったのか、そこからラジオ放送局が立ち上がり、はじめて放送された音楽が、沖縄でお祝いごとの時に奏でられる「かぎゃでぃ風(かぎゃでぃふう)」という音楽であったこと。

 戦後の沖縄を生きる人々の心に、ゆったりと明るいその音楽がどのように響いたであろうかと思うと、放送メディアというものが持つ力の強さに、心を揺さぶられるものがあります。

 今日、午後8時41分までは、RADIKOのタイムフリーで聞けるそうです。(放送開始が8時41分なのか、放送終了が8時41分なのかはわかりませんが…。)

 お時間とご興味のある方は、ぜひ聞いてみてください。

(^^)

*リンク先はRADIKOです。

http://radiko.jp/#!/ts/FMJ/20190623220000

注:2019/7/1 0:31 記事を1箇所、修正しました。
修正前:立ち上げた → 修正後:立ち上げに携わった

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某社のポテトに祈りを込めて?

 最近、パレスチナ難民について学んできました。

 数年前までは、「パレスチナ難民というのは、イスラエルの建国によって、それまで住んでいた土地から追い出された人たちのこと」、ということさえも知らなかった私が、まる2日間も勉強してきたのですから、たいした進歩です!(←自分で言うな?笑)

 イスラエルとパレスチナの関係について、それほどまでに何も知らなかった私が(!)、両国の関係についてきちんと整理されたお話を聞いてきたのですから、それはもう、驚いたこと、驚いたこと!

  とにかく驚きっぱなしと言っていいぐらい、驚いてきました。(どうしてこれまで、こんなに何も知らずにいられたの?!笑)

 そしてあっさりと理解した結論は、イスラエルがパレスチナにしていることって、ただの占領と暴力行為だったのだ、ということ。

 イスラエルによるパレスチナの入植地では、そんなにひどいことが起こっていたなんて…。(!) 

 それまで私は知らずにいたのですが、国際社会ではそうしたイスラエルの行為に対する批判が、いろいろと起こっていたのでした。

 イスラエル企業の製品に対するボイコット運動というのもあった(ある?)そうです。

(「BDS運動」、「 ボイコット、投資撤収、制裁 (Boycott, Divestment, and Sanctions)運動」と言うそうです。)

 私は、普段であれば、そうした企業の製品についてはうるさい方ですが、パレスチナのことについてはとにかく、それまでまるごと!知らずにいたので、何も知らずにそれらの商品も買っていたのでした。

 しかもある種の食品に関しては、「おいしくて好きだから」という理由で、かなり頻繁に……。

(^^;)

 ところで今日は、某社のフライドポテトを食べてきました。

 期間限定で、どのサイズでも150円なので、「チャンス!」とばかりにお店に行き、テーブルに着いた段階で気がつきました。(!)

 すでに、目の前には揚げたてのおいしいポテトです

 ……。

 「ああ、そうだった、この企業は!」と思い出したのですが、もうすでに、目の前のトレイにはおいしいポテトです。(←2回も言う?笑)

 その状態では、もう取りやめることなどできなかったので、(というより、とりやめるつもりもなかったので、)そのまま覚悟を決めて食べました。

 「イスラエルがパレスチナへの占領と暴力をやめますように!」と心に強く思いながら、きちんとすべてをいただきました!(笑)

 本当はもっと、何も考えずにおいしく食べたいのですが。

(だから占領と暴力はもうやめて!)(ポテトをおいしく食べるために!)

(神さま、私の願いが叶いますように!)(ポテトをおいしく食べるために!)

???

 結局、ポテトのため…、なのでしょうか?

(^^)

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«仕事が少し、安定しました。(無期派遣)