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003.「モモ」という、お金と時間の不思議ななぞなぞ

 エンデの作品である「モモ」が、経済のことを意識して書かれたお話であることは、間違いありません。

 ヴェルナー・オンケンさんという経済学者は、「モモ」が経済の、それもお金についてのお話であることを見抜いた最初の人だそうです。オンケンさんは「経済学者のための『モモ』入門」という論文の中で、そのことについて書いています。

 オンケンさんの説明によると、「モモ」の物語の中に出てくる「時間どろぼう」というのは、金利生活者という人たちのことだと言うのです。そして「モモ」の物語の中に出てくる、時間をぬすまれていてとても忙しく、毎日を空しく暮らしている人々のあり様というのは、現代資本主義がもたらしたものだと言います。

 「時間どろぼう」という存在が金利生活者という人びとのことだというのは、正直に言ってよくわかりません。でも「時間どろぼう」に時間をぬすまれている人たちというのは、現代資本主義のせいだというのは、なんとなく私たちにもわかると思います。

毎日「速く、速く!」とせかされながら仕事をし、その日にできた仕事の量を測られて、「お前は遅い!」と注意され、仕事をクビにされてしまう人が、私たちの社会には存在します。たしかにいつでも私たちの社会は何から何まで、せかせかとした競争社会です。

 オンケンさんの説明によると、資本主義社会である私たちの社会がそのようなことになってしまっているのは、時間どろぼうが「人間から時間を盗み、それを貨幣の形で<凍ら>せ、生と死から時間を奪い取っている」からなのだそうです。

 オンケンさんの論文にはもっといろいろな、興味をひかれるような説明も書かれてあるのですが、私にはこれぐらいしか読み解けません。

 ところでまたしても、なぞなぞのようなことになっています。今度はオンケンさんがなぞなぞを出しているようにも見えてきます。ヒントは「金利生活者」、それから「現代資本主義」、「お金を凍らせる」というあたりです。オンケンさんの説明では、私たちの社会で使っているお金のシステムが、お金を凍らせる機能を持っているために、私たちの時間がお金の形で奪われ、どこかに凍らせられていて、そのために私たちはこんなに忙しいのだと言うのです。いったい私たちの時間とお金は、どこでどうつながって、私たちの気がつかない間に「どろぼう」されているのでしょう?

 このなぞなぞは、ちょっと手に負えないぐらい大きななぞなぞだという気もするのですが、なんだかとてもおもしそうだと思いませんか?

 お金なら、私たちは毎日、必ず使っています。このお金が「凍る」って、いったいどういうことなのでしょう?

(資料は「自由経済研究 第14号」/ゲゼル研究会編集、ぱる出版発行の中の、「経済学者のための『モモ』入門」を使用しました。)

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