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株式会社について考えるのは難しい…

 株式会社というものを理解する時に、私は単純に「株主の資産運用のための道具」と、仮の理解ですが、このように理解を置きました。このように仮説を置いて世の中を見渡すと、世の中の企業の行動というものが、かなり整然としているように感じます。

 この仮説はもともと「株式会社とは何か」(友岡賛著)という本から得た知識です。

ところでこの考え方を人前で話してしまうと、大変な反発を受けたり、私がとんでもなく性格の悪い人間だと思われたり、けっこう厄介なことになってしまいます。(たしかに私は、あまり良い性格の人間だとは言えないかも知れませんが…。)

 世の中の人はそれぐらい、株式会社という仕組みに肯定的です。

 私は「エンデの遺言」を支持する立場として、「一切の資産運用は廃止するべきではないか?(お金を出してもらったお礼はいいけれど。)」という立場なので、その一部として、株式会社における配当金という制度にも疑問を感じます。

 ところが株式会社批判というのは、「エンデの遺言」支持者やお金の研究者にも、本当に不評で困ってしまいます。

 どうして株式会社というものに対する見方は、これほど混乱するのか不思議に思い、世間知らずながらもその理由をいくつか考えてみました。

 ひとつは会計という、お金の立場から株式会社を見る場合と、経営という実際の事業を動かす立場から株式会社を見る場合の、視点の違いではないかと思います。

 先の「株式会社とは何か」という本は、会計学者の立場から、それも会計の歴史を専門とする立場から、株式会社というものをお金の面から見て「株主の資産を運用している」と説明しています。

 ところが事業を経営する人たちは、お金の立場だけから見るという見方はせず、経営という実体のある活動に着目してしまうので、「株主の資産を運用している」とは認識しないのだと思います。そうなると経営を行う人たちから見ると、「株式会社というものは、事業を始めたい時に、お金を出してもらえる良い制度」ということになるのだと思います。

 だからどちらの言い分も正しいけれど、視点が違うのではないかと思います。

 ふたつめの理由としては、西洋的な思想と日本的な思想の違いがあるのではないかと思います。簡単に言うと性悪説と性善説です。日本人には性悪説の発想がなじまないのではないかと思います。

 みっつめの理由としては、ひと言で株式会社と言っても、大企業と中小企業の場合は、まったく違う状況下にあるということです。

 所有と経営が分離している場合、大企業の場合は、株主は経営者を応援するために出資をしてあげるのではなくて、自分の資産運用として、株を買うのだと思います。その結果、出資をした会社にはよく儲けてほしいし、配当金も出してほしくなると思います。

 ところが中小企業の場合は、株主と経営者が顔見知りであることが多いらしく、そうなると株主ももともと、資産運用を期待するというよりも本当に「お金を出すことで、経営に参加する」という意識になると思います。

その場合には、配当金もそれほどは望みませんし、「出資した株を現金化した時にはいくら儲かるか?」などとは、考えないと思います。だいいち株を買ってくれる人がいるかどうかさえ、さだかではないはずです。

 そうなるとこの、まったく違っている目的の出資という行為を、同じ「出資」という言葉で表現してしまうのは、かなり雑な扱いではないかと思います。

 そしてよっつめの理由は、ものすごく人間的な理由ではないかと思います。

 たとえば現在の日本では、株を持っている人はものすごく多いと思います。その人たちは「会社の経営で資産運用をしている」とは、思いたくはないと思います。むしろ「株主になることで、自分は経営に参加している」と思いたいだろうと思います。

 株式会社を批判されても困るでしょう。

 株式会社について考えることは、本当に難しそうだと思います。


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コメント

混乱の理由については概ねおっしゃる通りだと思います。

>この考え方を人前で話してしまうと、大変な反発を受けたり
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『株式会社とは何か』が刊行された当時はまだ‘読書カード’の時代でしたが、「けしからん!」といった読書カードがたくさん来ました。

しかし、そもそも講談社の編集部からは「どんどん過激に書いて下さい!」と言われていたのに、原稿を渡したら「これは過激過ぎます」と言われ、修正させられました。
つまり、当初の原稿はもっと過激でした。

投稿: 友岡賛 | 2010年3月23日 (火) 12時10分

友岡賛先生
コメントをどうもありがとうございます。

「株式会社とは何か?」の、当初の原稿はもっと過激でいらしたのですね? その方がおもしろそうでしたのに!
修正となってしまったとは、それは残念です。

あれ以上マイルドな仕上げとなっておりましたら、私はやはり今でも「株式会社とは何かしら?」と、不思議に思い続けていたことと思います。ご本に書かれてありました表現は、私に理解ができるギリギリの線でしたので、あぶないところでした。あと1行!削除されていたら、鈍感な私にはもう無理だったことと思います。

それにしても学者の方が本当のことを率直に書かれたら、過激?になってしまうというのは、世の中というのはおもしろいですね。

私は先生のご本で株式会社に関する疑問がすっきり解けて、本当に良かったと思うのですが、そのあと先生のご本に書かれてあったことを人前で言ってしまうと、とても驚かれてしまいまして、「あれ? どうして私はおこられてしまうのかしら?!」という経験を何度かしております。(笑)

そのたびに、「先生のご本がもっとたくさん世の中に広まって、せめて簿記のわかる人からでも、『あ! 冷静に考えてみたら本当にそうだね?!』と、かつての私が感じたような、爽快なショックを体験してくれればいいのに」などと、思います。

考えてみますと「エンデの遺言」という一種の経済思想も私には衝撃的なものでしたが、友岡賛先生の「株式会社とは何か?」によるショックも、目からうろこが落ちて視界がクリアになる、とても気持ちの良いショックでした。(しかも笑ってしまいました♪)

先生からコメントをいただけますと、とてもうれしいです。
どうもありがとうございました。m(_ _)m

投稿: みほれみ | 2010年3月24日 (水) 21時24分

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