« 2010年5月 | トップページ | 2010年7月 »

2010年6月

経済学と、クチナシの香りと、幸福感

 蒸し暑い夜道の帰宅時にふと気がつくと、道端の家の庭先の、クチナシの甘い香りに包まれました。梅雨時の、体中にこもるような暑さの中で、突然ふわりと幸福感に包まれました。

 この季節の東京は、あちこちの道端でクチナシの花が甘く香ります。夜は気を散らすものもなく、感覚が澄まされるせいなのか、空気中のちょっとした温度差や香りも、ひときわ鮮烈に感じます。

 クチナシの、オフホワイトの優しい花が、本当に甘く香ります。

 「東京って、クチナシの街だよネ?」などと言ってしまうのは、私のいつもの決め付けで(笑)、きっと東京以外の町でもこのように、夏のはじめにはクチナシの花が香るのでしょう。

 私はキレイなものを見ると、すぐにそうやって、その土地のご自慢のお話にしてしまいマス。(笑)

 なんとなく楽しい気持ちで歩きながら、ふと思います。

 「経済学って、お金ばかり数えているから、人間を幸せにできないのだ」と。

 お金はただの数字です。電子マネーがコンビニでも使われる現代、お金が金や銀でできていなくてはいけないという人はもはや、たいしていないと思います。お金はもともと、紙でも十分だったし、もはや電子データとなったただの数字でも、十分に役目を果たしています。

 お金を払う時、私たちは紙や硬貨を渡すことによって、その紙や硬貨が表しているポイントを相手に移動させているのだということは、注意深く考えてみれば、すぐにわかります。

 経済学は、そういう数値でしかないお金を貯めることばかりを考えていて、どのように使うかとか、誰のために使うかを、あまり考えないのだと思います。

 お金は本当は使ってあげた時に、世の中の経済行為が前進し、世の中の誰かが幸せになれるのに。

 そうして使った自分もまた、幸せになれるものなのに…。

 大切なのは、お金そのものではなくて、お金を貯めることでもなくて、お金で交換されている何かの方…。

 お金というものを忘れた時、地球は本当に豊かです。

 どこかの家の、よく手入れされたクチナシは、無償で、道ゆく人を幸せにしています。

 地球を大切にして、地面のアスファルトをはずしてあげれば東京だって、もしかしたら夜には、涼しい風が無償で吹いてきてくれるのかも知れません。

 地球ほど豊かで、人間に幸せを与えてくれる存在はとても貴重なのに、それなのに地球の値段はタダだと思われているようです。

 お金で測定できないものには、価値を認めないなんて、経済学はとてもガチガチのスクルージーさんです。

 道端でつい立ち止まって、携帯でクチナシの写真を撮っていたら、その家のクチナシの手入れをしているおじいさんが出てきてしまいました。(笑)

 「夜は、花が茶色くなっちゃってね」と、笑って話してくれました。

 そういえば朝にはそのおじいさんが、茶色くなってしまった花を、ていねい摘んであげているのを見ています。

 「アリガトウゴザイマス!」と、クチナシのお礼を言って、帰りました。

 私が撮影したクチナシの写真です。あと10年ぐらいしたら、香りも一緒に記録して、ネット上からお届けできるようになるでしょうか?

 その頃には、地球の経済が変わっていてほしいと思います。

10088__2

 人間を本当に幸せにするものは、お金では測定できないものごとの方にあるのです。

 お金はただの測定値でしかなく、人間の幸せは、数字では測定できない世界の方にある。

 主婦の家事労働の大切さや、地球が美しいことの感動や、世の中が平和であることのありがたさなど、お金では測れない世界の方がよほど重要なのに、経済学が気にするのは、「お金がいくら、どれだけ、増える」という金額ばかり。

経済学は、お金という測定値の縛りから自由になり、本当に人間の幸せを目的とする学問になったらいいと思います。

その時、地球の東京の6月の夜は、あちこちでクチナシの香りに包まれる、本当に豊かな街として、世界に知られるように…。

なったらいいな♪と、思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

本 : 「会計についてやさしく語ってみました。」(平林 亮子著)

 女性の公認会計士さんが書いた会計の本です。

 手にとってパラパラっと見てみたら、本当にやさしい感じで書かれてありました。そこで図書館から借りてきて、「さぁ、読もうかな」と思っていたら、突然生活が忙しくなってしまい、やむなく近日中に返却となりそうです。(ざんねん…。)

 いつかまた時間ができたら、ちゃんと読もうと思います。

 この本の中で、とりあえず今の時点で私が気に入っている個所は、「第5章 会計で世の中を追いかけてみました。」という章です。

 著者は、私が以前に思いついたのと同じことを、すでにもうこの本の中に書いてありました。それは簿記を使用して、世の中のあらゆる経済主体の貸借対照表をつなげていけば、世の中の経済主体は、必ずつながっていくのではないか?というアイデアです。

 このような奇妙なことを思うのは、てっきり世の中には、私だけではないか?と思っていたのですが、そうしたら著者は2006年の1月にはすでにもう、そう考えていたようです。(笑)

 お金は人工的なものであり、お金が存在するということは、必ずそのお金を発行した経済主体が存在する。そうしていったん発行されたお金は必ず、世の中のすべての貸借対照表の、おそらく現金と預金の残高として現れる。(貸借対照表に現れる「資産」という意味ではなく、現金と預金だけに現れるのだと思います。)(銀行簿記というものがわかれば、「お金とは何か?」という、もっと根源的なことまで説明ができるかも知れません。)

 経済学はどうして、このシンプルな考え方を使って、経済事象を考えようとしないのだろうか?と、不思議に思います。この考え方を使えば、実体のある財やサービスの生産については何も説明はできないとしても、少なくとも金融危機が起こっている状況ぐらいは、正しく説明できそうなものだと思います。

 世の中でたくさんの家計が貧しくなっているとしたら、その時不足分のお金は必ず、世の中のどこかの貸借対照表の現金、預金の欄にたくさんの残高となって、存在していると思います。そして、その残高を減らしてあげるような政策や仕組みを作れば、たくさんの貧しくなっている家計は豊かになるはずです。

 そのような私が関心のあるテーマについてはともかくとしても、この本にはそのほかにも、会計について考えてみたい話題がいろいろありました。

 文章の雰囲気が穏やかで、私の好みと合う本なので、いつかまた時間ができたらゆっくりと読み、またいろいろと、考えたいと思います。

携帯用リンクはこちらです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

スタートはこんなもの♪(2)

 ものすごく突然に、中期契約社員の仕事が決まりました。

 40代半ばにして、またしても未経験の仕事です。まったく未知の世界なので、またしてもドキドキしています。

 「私で、だいじょうぶなのでしょうか?」と、採用担当者に聞いてしまったら、「まぁ、だいじょうぶでしょう」という、ちょっとテキトウ(?)な返事でした。

 (「まぁ」って、本当にだいじょうぶ…?!)

 でも、せっかくご縁のあった仕事ですし、飛び込んでやってみようと思います。と言いますか、求人の競争があまりにも激しくて、ある程度のお給料がもらえる仕事には、もう応募資格さえも満たせない状況です。

 もはやほかに応募できるあてもなく、あとはこの場所に飛び込んで…。(ドキドキ♪)

 あたって砕けたら…。(ドキドキ♪)

 その時は、「砕けてから!」考えましょう♪(^0^)

 1年以内には契約が終わってしまうので、未経験ではあっても、少しでもお給料は多くほしいです。

 私:「あの、申し上げるのもなんですが、広告に出ていた範囲での昇給は途中でありますか?」
 採用担当者:「ありません!」。

 とてもきっぱりと言われてしまいました…。

 しかたありません。何しろ未経験の仕事ですし。
 
でもまぁ、スタートはこんなもの♪でしょう。

 大好きなDVD「ハッピー・フライト」のドナのように、私も上昇気流に乗れるでしょうか?
 
ドナはとても努力して、あこがれの仕事を手にいれました。

 私はちゃんと、今回のチャンスを生かせるでしょうか?

 せっかく「失業」というチャンスを得たのです。この機会に少しでも、自分を好きになれる仕事を手に入れたいと思います。

 
しばらくブログが書けないかも知れません。でもやっぱり時々、書くかも知れません。正直に言うと、わからないです。(笑)

 
いつも見にきてくださる読者の皆さま、本当にありがとうございます。m(_ _)m

携帯用リンクはこちらです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

地球の迷い

 6月に入ったらあっという間に首相が変わり、金融大臣も変わってしまいました。

 先週の終わり頃からテレビのニュースを見ていると、心の奥底に冷たい水が浸みこんでくるようで、すっかりテレビを見なくなりました。

 経済が、悪い方向に向かい始めたと感じます。

 つい先月までは、おそらく21世紀の終わり頃までには、地球は資本主義を脱して、もっと調和した素晴らしい世界になるというビジョンが見えました。世界中のほとんどの人たちは仲良くなり、争いなど損だと思うのでしなくなり、地球を傷つけることを止めるようになると思えました。

 でもそれなのに今の私には、まったく反対の方に向かっている地球の姿が、心に映ります。地球はおそらく経済をコントロールできなくて、大変な方向に向かっていくのだと思います。

 地球のほとんどの人たちは、平和になりたくて、幸せになりたくて生きています。地球を傷つけてしまえば、自分たちの子孫が困るのだということを、よく知っています。

 それなのに、誰も「経済」という猛獣をコントロールできません。暴れまわる経済に誰も手がうてず、人間の方が、そして地球の方が傷めつけられてしまっています。地球はおそらくこのまま、経済をコントロールできなくて、自分たちの星を壊滅的な状態に追い込んでしまうのだと思います。

 お金に埋もれている人たちは、地球の空気や水が汚れることなど、なんとも思いません。地球の空気が汚くなれば、「自分は、空気を買えばいい」と思っています。

地球の温暖化が止まることよりも、自分が株を持っている企業が利益を上げてくれる方がいいと思っています。利益を吸い上げた後の企業が、地域の人々から環境の補修を望まれていても、1ポイントのお金さえ手放すものかと思っています。それどころか吸い上げた利益を、今度はどこに運用して増やそうかと、目を光らせている始末です。

 私は信仰者なので、あまり暗いビジョンを見てはいけないのですが、今はあまり、明るいビジョンが見えません。こんなに美しい地球の風景ですが、30年後にはまったく違った状況になるかも知れません。

 経済学者は何も言いませんが、人間が経済をコントロールできないのは、お金の価値増殖機能と株主資本主義にあると思います。この数字上のトリックが見抜けない限り、地球は「経済」に振り回されてしまうと思います。

 スピリチュアルを信じる人びとは、まるで宇宙から突然誰かがやってきて、地球の経済を変えてくれると思っているのかも知れません。でもそのようなことは起こらないと、私は思います。地球のことは、地球に生きている人たちが決めていかなくてはいけないと思います。

 そのためには、経済という、あまりにも情報が少ない世の中の事象についても情報を集め、その正しさを自分たちで考えていかなくてはいけないと思います。

宗教を信じるように、誰かの話を鵜呑みにするのではなくて、いちいち情報を自分でフィルタにかけて、「たしかにそのとおりだ」と、確認ができることだけを信じた方がいいと思います。情報に振り回され、根拠のない感情で、経済を決めてはいけないと思います。

 たくさんのバラやいろいろな花が咲き、同時に雨に濡れた紫陽花が美しい6月なのに、ふと道端で、感傷的な気持ちが心をよぎります。閉じられた時代に生きる人たちの、どこか空しいようなさみしさです。

 「地球の人びとは、経済を取り戻せるチャンスを逃したのだ」と感じます。この間までものすごく近くに来ていたものが、突然向きを変えて遠ざかってしまいました。

 地球の青い空、地球の青い海、たくさんの栄養を含んだ豊かな土や、そして動植物たち。これほど生命力に満ちている地球ですが。

 その一方で昭和10年代のような、見えない雲が音もなく空を覆います。

 少しふさがるような気持ちで日向を見ていたら、道端で一生懸命、店頭の自転車を並べ変えているハンバーガー・ショップの店員さんを見ました。

 働いている人の姿は、本当に美しいと思います。

 人間が「経済」をつかまえて、地球がもっともっと美しくなればいいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

はったりのツケは返済したけれど…

 先週はめずらしく「おもしろそう。やってみたい!」と思える求人に出会いました。そこで思いっきりはったりをきかせて履歴書を作成し、なんとか書類選考を突破しました。

 その後がちょっとだけ大変で、もともと「はったり」だったスキルをなんとか本当らしく装うために、結果的に数日間ですが、猛勉強!にいそしみました。その甲斐あって、なんとか一次面接も突破してしまいました。

 「やった、ここまで来ればもう、勝利は目前!」と、思わずひと息をついてしまいました。一番自信がなかったのは、あるスキルだったので、その点さえクリアできれば、あとはだいじょうぶ!と、かなりリラックスして二次面接に臨みました。

もうこの時点で、はじめにはったりをかけてしまったツケは返済できたと思います。なにしろはったりをかけただけのスキルを、実際に習得してしまったのです。あとはもう未経験の仕事であってもやる気を見せて、信頼を勝ち取るだけでしょう!

ところがこの段階で、落とし穴に落っこちてしまいました。(←あっ…!)

 仕事の内容は、ある特殊な機材の使用方法を説明するインストラクターです。対象はある限られた特定の職業の人たちです。たしかにその職業の人たちは、ちょっとプライドが高そうで、扱いにくそうな人たちです。でも別にちょっと専門職というだけで、人間的に異常な人たちというわけでもないのです。

 面接官に言われてしまいました。

 「はっきり言って今回の仕事の相手は、とにかく普通の人たちとは違って、かなり特別な人たちが多いと思います。嫌な思いをすることも多いと思いますが、だいじょうぶですか?」。

 「…」。

 すぐには返事ができませんでした。たしかに少し特殊な職業の人たちです。でもそれほどおかしな人たちが多いのでしょうか?

 いったいどんなひどいことが起こるのでしょうか?

 ただの、ちょっと特別な機材のインストラクションです。普通に考えてみても、何かトラブルになるとか、問題が起こりそうだとか、そういう状況が想像できません。あえて想像してみるとしたら、何か特別に悪意のある人による「いやがらせ」ぐらい?

 それほど悪意を持っている人たちが多いのでしょうか?

 面接官はどことなく意地悪そうな目をして私を見ています。まるで昔のスポ根マンガの鬼キャプテンが新入部員を見るように、目がちょっと意地悪く光っているみたい…。

 「どうやらそういうことなのかな…」。

 ところがこの瞬間、私の中にヘンな反発心が湧いてきてしまって、思わず言ってしまいました。

 「申し訳ありません。ちょっとどういう状況のことをおっしゃっているのか、想像がつかないのですが…」。

 面接官の表情が硬くなってしまいました…。(←あっ?!)

 数分後に、駅に向かいながら思いました。

「あんまり深く考えないで、とにかく『だいじょうぶです!』って、言ってしまえば良かったんだよネ…」。

 面接官は、私が未経験の応募なので、私の根性!が見たかっただけなのです。私が元気よく「だいじょうぶです!」と言っていれば、それだけで良かったのだと思います。

 ところが私は、まだ会ったこともない人たちのことをはじめから、「『おかしな人が多い』と、想定する」ということがイヤだったのです。

 「そんなこと、実際に会ってみなければ、わからないじゃない!」。「もしかしたら、けっこういい人たちかも知れないし、最初から決めつけるから、そういうことになってしまうんじゃない?!」。

 自分の言い分はともかく、ほしかった仕事を手に入れ損ねたのは失敗です。コドモではないのだからその辺はうまく、相手の意図を汲み取って返事をしなくては…。

 私は以前にも同じような質問をされたことがあり、ちょっとヘコみました。

世の中って、本当にそれほど悪意のある人たちが多いのでしょうか?

それとも単に私が、それほど忍耐力がなさそうに見えるから?

 ちょっと悩みます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

はったり!のツケ♪

 ようやく風邪もなおってきて、就職活動に復帰しましたが、相変わらずあんまり心躍る♪ような、おもしろそうな仕事というものは見つかりません。

 いちおう簿記の資格は持っていて、それからデータベース・ソフトが好きですが、実はもう経理の仕事に愛情はありません。

 本音を言うと、従業員の経費精算伝票なんかもう、見るのものイヤです。
 
それからお客さんからどれぐらいお金を回収しているか、いちいち見張っておくのも、もうメンドウです。そして上司の出世のためにExcelの小ワザを駆使して、ご立派な分析用データを作ってあげるのも、もううんざり。

 楽しくない仕事をしていると、タマシイが枯れてしまいます。だんだんと美容によくないことが起こり始め、そのうちに健康も損なって、最後には運命も行き詰まってしまいます。

 本当はそういう時は、運命の方向を変えなさいという、神さまからのサイン♪なのだと思います。

 と、さんざん書きましたが、このような考え方は、資本主義社会にはふさわしくアリマセン。

資本主義社会の仕事とは、ドラマ「ハゲタカ」に見たように、ひたすらお金のために、世の中のどこかで自分たちを動かしている、姿の見えない強大な何かに心をつぶされながら、悲鳴を上げるようにして働くものです。

「楽しい仕事がいい!」などと大きな声で言ってしまうと、高度経済成長を支えてきた人生の先輩方に、「贅沢を言うんじゃない!」と叱られます。概して資本主義社会の仕事とは、あんまり楽しくなくて、ケチケチしていて、社会に冷たく、苦しい我慢をしながらやるものです。

仕事が終わったら、蒸気機関車が置いてある山手線内S駅周辺の飲み屋で、あれこれ仕事の愚痴を言いながら、お酒とヤキトリ屋の煙にすべてをうやむやにして押し流し、明日もまたうやむやのまま、楽しくなくても働き続けるというのが普通です。(オジサンは。)

 子どもの頃から思っていたのですが、私はどうも資本主義社会にフサワシクない性格です。アリとキリギリスなら、どう考えても「キリギリスだって、いいじゃない?!」と考えてしまいます。キリギリスの仕事は、ミュージシャンとかダンサーだったかも知れません。

 「楽しく歌って踊ってこそ、人間よ♪」(キリギリス?)と。

 イソップ物語の結末に文句を言ってしまう、とても反資本主義的な性格の人間です。

 新聞の折り込みチラシを見ていたら、めずらしくオモシロソウ♪な仕事が見つかりました。未経験の仕事ですが、応募してみないテはありません!

 どうせ応募が殺到していて面接にはいたらないだろうと思いつつも、その仕事ができたら楽しいかも知れないな~♪と、あれこれトキメキながら楽しく、はったり!をたくさんきかせた履歴書を送ってしまいました。履歴書というよりは、こうなるともはやラブ・レター?です。どうせ「だめもと」で送るのです。

 そうしたら翌日、面接の連絡が来てしまいました…。(!)

 それも日程は、わりとすぐ…。

 た、大変です! ど、どうしましょう! 面接の日までになんとか、はったり!を本当らしく繕っておかなくてはイケマセンッ!

 今日から面接の日までは猛勉強!です。こんなブログなのか書いて遊んでいる場合じゃ、ありませんっ!(笑)

 と、言いつつも結局は、たぶんこのように遊んでしまうのかも知れませんが…。

 けっこう緊張していたら、お友達がいいアドバイスをくれました。

 「楽しくやればいいよ♪」って。

 そうでした。どうせはじめからはったりだったのだし、数日でなんとかできる話でもないのです。(笑)

 それならば面接の日まで、楽しく猛!勉強するしかありませんっ♪(^0^)/

 とは言ってもあともう2日しか、ありません…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

本 : 「なぜ『会計』本が売れているのか?」(友岡 賛著)

 はじめに書いてしまいますが、この本の表紙はとても派手なピンク色をしています。しかもピンク色というだけでなく、ピンクと白のしましまもよう!です。まるでキャンディの包み紙みたいです。



携帯用リンクはこちらです。

このような、♪ピンクと白のしまシャツ・パンダ?、のような本が、会計の本だとはとても信じられません!(^0^)

 でも読んでみたら、ちゃんと会計の本でした。おまけに、かなり大切なことが書かれてある会計の本でした。

 この本では、よく売れているという8冊の会計の本を取り上げて、著者の視点からの分類をしています。有名な「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」(山田 真哉著)、「なぜ、社長のベンツは4ドアなのか?」(小堺 桂悦郎著)、「餃子屋と高級フレンチでは、どちらが儲かるのか?」(林 總著)ほか5冊です。

 ちなみにその8冊の中で私が読んだことがある本は、「さおだけ屋」(途中で挫折)、「社長のベンツ」(はじめの方の少しだけ)、「餃子屋とフレンチ」(いちおう最後まで)という状況です。

 読んでみると「ああ、そういうことだったのか」と思えることが、ずいぶん出てきます。

例えば「社長のベンツ」は、「おもしろそう」とは思っても、私には何か違和感があって、読み進む気持ちにはならなかったのですが、それはこの本が中小企業の経営者向けに書かれてあったから、だったのでした。私は税金よりも、配当金の方に興味があったので「何かが違う」と感じたのです。

そういう風に、著者の分類をとおしてみると、いろいろな会計の本というものも、一様に同じことの表現を変えているというわけではなく、それぞれ対象としている世界が違っているのだということがわかります。

 会計に関わる人には、会計をやる人(財務諸表を作る人)と、会計を読む人(財務諸表を読む人)が存在する。

会計というのは「カネ勘定」であって、「カネ儲け」ではない。

利益は、会計の中にしかない。(!)(←ええっ?!)

利益を生み出すには、実際の経営における行動によって利益が変わる場合もあれば、会計という「写像」の写し取り方によって、利益が変わることもある、などなど。

 読んでいると「なるほど~」ということが、たくさん出てきます。

 また、私が読んでみて一番「そうだったのか!」と思ったのが、実は財務会計と管理会計の説明でした。(笑)

この本を読むと、ものすごくすっきりとわかってしまって、いったい今までに手にしてきた、たくさんの会計の本は、何だったのか?と思います。

 ちなみに私は、著者のこうした「はっきりとした言い方」が好きなので、著者の本のファンなのだと思います。

ただしこれは単に、私がそれだけ慎重?というか、要するに「ものわかりの悪い人間」だということだと思います。(だから曖昧な言い方は、とてもキライ!♪)

ところで、この本を読んでいる私の視点は、著者の本も読んだことがある視点からこの本を読んでいて、そうすると私の感想というのも、また少しビミョウです。

 私は著者が株式会社というものを、「株主の資産運用をしている」と捉えていることを、知っています。そうすると今の私には、この本にはとても大切なことが書かれてあると思えるのですが、このことを知らなかった頃の私には、この本もまたやはり挫折の1冊となっていたように思うのです。

 この本では、そうした著者の独特な捉え方には、ひと言もふれていません。私はその点については、少し残念に思います。

その点を押さえておくかどうかで、会計の本のおもしろさは、大きく変わると思います。

その点を押さえておくと、会計の処理が株主、銀行、税務署などの、誰を意識しているのかがつかめるようになり、会計という世界にとてもリアリティが出てくると思います。

 ところでこの本は、とびらページの水玉もまた、ちょっとリズミカル♪で可愛いです。文字数も少なくて何度でも読めるので、私にとっては「ちょっとお気に入り♪」の1冊です。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2010年5月 | トップページ | 2010年7月 »