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2010年10月

福沢諭吉サンと複式簿記

 インターネット上に掲載されている、「明治地図」という地図を見る機会がありました。明治何年頃のものなのかはよくわかりませんが、とりあえず明治時代の地図らしいです。

 せっかくなので、明治時代から、現在も変わっていないであろう場所を探してみようと思い、ふと思いついたのが慶應大学でした。慶應大学なら明治時代から同じ場所にあるかも知れません。

 現在の新橋の位置あたりから地図をたどっていったら、見つかりました。

 ところが表記を見て、少しだけ不思議に思いました。「慶応義塾大学部 商業学校」となっています。

 「慶応大学って、商業学校から始まったの?」。

 慶應大学のサイトで少し見てみましたが、歴史の情報量が多すぎて、よくわかりません。(と言いますか、私に根性がなくて…。笑)

 どうしてそのような表記になっているのかはわかりませんが、とりあえずはそこから、いろいろと連想が始まりました。ネットサーフィンをしながら、あれこれと思いをめぐらせます。

 日本に複式簿記を紹介したのは福沢諭吉で、英語の簿記のテキストを日本語に訳し、明治6年に「帳合之法」(チョウアイノホウ)として慶應義塾出版局より出版したそうです。福沢諭吉サンは、複式簿記を日本に導入することを、とても大切なことだと考えていたようです。

 複式簿記を日本に導入することの意味は何だったのかな?と考えます。

 複式簿記によって作成される財務諸表が存在しなければ、投資家はどの企業に投資をすれば資産運用の効率が良いのかを、判断することができなかったのでないか?と思いました。

 企業の形が株式会社という形式をとらず、経営者と従業員で利益を分配している時は、利益を厳密に算出するための財務諸表というものは、それほど必要ではなかったと思います。ある期間の経営による利益は、経営者と従業員で分ければそれで完了です。利益のほぼ全額は労働に対する報酬です。

 でもそこに株式会社という形態が導入され、投資家の資産運用という視点が入ってくると、状況は一変すると思います。「資本」という考え方が入りこみ、企業の外から企業を見ようとする視点が生まれます。

 新しい事業を始めるには必ずお金を出してもらう必要があり、そのお金は世の中の一部の人たちしか持っていない。ということになれば、その人たちが持っているお金を、少しでも世の中で事業を始めたい人たちに投資してもらわなければならず、そのためにはどうしてもその人たちを誘う必要がある。

 投資を誘うには高配当を期待させることが必要であったと思います。そのためには「財産」という視点を持って、一定期間の利益をはっきりと算出する複式簿記は不可欠だったと思います。財務諸表というものがあるからこそ、投資家はまったくスタイルの違う業種の企業も一律に、単なる投資の対象として比較ができて、投資ができる。

 企業を単なる資産運用の道具として見ることができればこそ、世の中のどこかに蓄積されてあったお金は運用目的で企業に流入し、結果として日本の経済が発展する?

 まったく根拠のない、勝手な連想です。実際には福沢諭吉がどのような思いから、簿記の紹介に情熱を燃やしたのかはわかりません。

 ネット上にはいろいろな情報が散らばっていて、さまざまな思いが浮かびます。

 地図上の記述の疑問はそのままですが、明治時代の世の中の雰囲気を思い、少しだけドキドキ、心が煽り立つ時間となりました。

 鎖国が続いた江戸時代、複式簿記が導入され資本主義経済が稼働し始めた明治時代。そこから「資本」というお金の回転に伴って、西欧諸国を追いかける産業の発展が続いていく…。

 「複式簿記が日本に紹介された」ということは、地味な話題だと思います。でもそれは、日本の発展を促した大きな第一歩だったかも知れないと、思いました。

*記事のもととなった「明治地図」はこちらです。

http://map.goo.ne.jp/map.php?st=8

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