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資本主義社会における都市化と過疎化の原因

 離島から帰ってきた日、8月の東京は雷雨でした。

 羽田に到着した後、1時間もたたないうちに都会の騒然に巻き込まれていました。体の中から離島の静けさが抜け出ていくのは、本当にあっという間のことでした。最寄り駅に着いた頃には、すっかりたくさんの人とすれちがったエネルギーで、自分の外側がどことなく、ガサガサしているようにさえ感じました。

 「どうして人は、こんなにも窮屈な都会に集まって生きようとするのだろう?」。

 人ごみが苦手な私は、都会の雑踏を通り過ぎるたびに、そのようなことを思います。息苦しいほど人が集まって、狭い場所でぶつかり合うようにしてすれ違っている。私にはどうしても、快適な生き方であるとは思えません。

 資本主義社会について考える時、以前からこの「都市化」という現象が不思議でなりませんでした。どうして資本主義社会が発展してゆくと、人々は都市に集中し、その一方で地方が過疎化してしまうのか?

 今までにも何度も考えてみたのですが、どうしてもしっくりとくる答えが思いつきませんでした。

 外は大雨で、東京中が、灰色の雨雲に閉じ込められているようでした。

砂浜を歩いたサンダル履きで、重たいキャリーバッグを引きずりながら、駅の人ごみを通り抜けます。すれ違う人々は、おそらく強い雨に苛立っているのでしょう。時々、人とぶつかりそうになりながら、私もなんとかよけて進みます。

 駅のエスカレーターを降りて、外のロータリーに出ようとする時でした。激しい雨の音を聞いた瞬間に、どうしてか突然思いました。

 「資本主義社会で都市化が起こるのは、もしかしたら株式会社のせいではないか?」と思ったのです。

 資本主義社会では、利益や配当は実体のある生産物やサービスではなく、お金でなくてはいけません。たとえば1000個のトマトやナスで出資して、翌年に1100個のトマトやナスが収穫されても、それを100個の利益とは言いません。出資者は、トマトやナスを配当としてもらっても、納得しないはずです。出資者がほしいのは、トマトやナスではなくて、お金だからです。

 そうであれば株式会社は、生産物やサービスを、(物々交換ではなく)お金でたくさん買ってもらえる可能性が高い場所で経営をしなくては、株主を満足させられる見込みが低くなってしまいます。物々交換で経済活動を行っている場所や、売り上げの量が少なそうな田舎ではいくら経営をしても、お金での利益は大きくならないでしょう。

 もう少し、考えてみる必要がありそうですが…。

 でも、ずっと不思議でならなかった「資本主義社会における都市化」という現象についてもしかしたら、思考が前進したのかも知れません。

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