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お金の魔法が解ける時

 「エンデの遺言」を追いかけ始めた時、私は「お金とは何か?」など、何もわかりませんでした。それまで、考えたこともなかったのです。

 大学の経済学入門のテキストには、お金についてある程度の説明がありました。でもそれを読んでみても、「お金とは何であり、私たちの社会において、どういう役割を果たしているのか?」ということは、はっきりしないままでした。

 途中で「調べる」ことはあきらめて、そこからは、自分の頭で考えるよりほかになくなりました。スーパーで買い物をする時にお金を払いながら、「私が払ったお金は、この後いったいどこに行くのだろう?、その後はそれからどこに行くのだろう?」と、子どものように考えました。

 ある時から「ああ、きっとこういうことなのだ」と、うっすらと見えてきたことがありました。その頃から、簡単な経済のニュースであれば、なんとなく意味がわかるようになりました。ただ、経済学の専門家に確認をしたことがないので、自分の理解であっているのかどうかについては、いまひとつ自信が持てません。いつかはきちんと確認できて、安心ができればいいと思います。

 「お金って、本当はただの数字なのだ」と気づいている今、私には世の中の現象が、とても奇妙な現象であるように見えています。

 世界大恐慌、アジア通貨危機、リーマン・ショック、現在の欧州債務危機。

 本当はどれもこれも、まじめに生産を行ってきた人たちには、まったく関係のないことばかりです。お金という数字がどれほど動き回ろうと、大地があって、資源があって、食べ物を作り、いろいろな生産物を作れる健康な人々が存在していれば、あとはそれを上手に融通し合えばすむことです。

 幸いエンデが、経済についての暗示をこめた作品「モモ」は、「人間は、最後には経済を取り戻す」という展開のお話です。

 欧州債務危機やオリンパス社の粉飾決算が騒がれたこの最近、私には世の中の人々が、まるで悪い魔法使いに魔法をかけられていて、「お金とは何か?」が見えないように、目隠しをされているように思えます。

 ギリシャの人々が怠けたわけではなく、オリンパス社の製品に欠陥があったというわけでもないのです。すべてはお金という「数字の世界」で起こった出来事に過ぎません。

 ギリシャという国には今でも何かを生産できる力があり、そしてオリンパス社の製品も、現場の人々がきちんと力を注いで作った製品です。

 いつかお金の魔法が解ける時、世界中でいろいろな人たちがぽかんとしてしまうと思います。「あの騒動は、何だったの?」と、その時人々は言うと思います。

 そうして地球は新しい経済に切り替わり、新しい発展の「物語」を紡ぎ始めるのだと思います。

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