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本当の「経済」の世界のお話

 今月は、このブログを書いている私自身の気持ちばかりを書いていて、まだひとつも経済の記事を書いてありませんでした。

 

 今月の最後にひとつだけ、経済の記事を書こうと思います。

 

 でもべつに目新しい話題ではありません。経済に関心のある人ならば、誰でも知っているお話です。

 

 でもこのお話は、もしもこれから地球のお金システムに変革が起こり、エンデが見ようとしていた新しい経済社会に変わっても、まったく変わらずに通用し続ける、本当の「経済」のお話です。

 

 それは、アダム・スミスの「ピン作りの工程」のお話です。

 

 ひとつの工場の中で、職人が分業をして作業をすると、1人が全工程を仕上げていた時の総量よりも、大量のピンが生産できる、というお話です。

 

 工場の中で、分業をする前と、分業に変えた後の、労働に費やした時間は同じです。

 

 生産したピンの量が増えますので、使用する材料の総量は増えますが、人間が投入する労働時間はやっぱり1日で同じです。

 

 つまり、生産をする人間の能力そのものが高くなっています。

 

 ここには、1円(?)もお金の話は出てきません。

 

 でもこれが、本当の「経済」のお話です。

 

 お金は、分業の成果を交換する時に使っている、価値を表示する道具にすぎないので、その金額がどれほど大きくなろうが、小さくなろうが、社会に生産される生産物の量とはあまり関係がないのです。金額は単なる「目盛り」であって、有用性のあるピンではありません。

 

 「経済が発展する」ということは、お金で表される金額によって測定するようなことではなく、このような「人間の生産する能力が高くなる」ということによってのみ、言えることだと思います。

 

 この「ピン作りの工程」のお話は、新しい経済体制になったとしても、経済のお話の基本になると思います。

 

 このお話をもとにして、たとえば「もしも職人たちが相互に、競争状態にあった場合、このような分業体制はとれただろうか?」とか、「もしも職人たちが、その社会に必要とされる量のピンを1日のうち5時間で作れるようになったとしたら、職人たちはそれでも残りの3時間を使って、誰にも使ってもらえないピンを作り続けるだろうか?」とか。

 

そういう風に考えてみると、現代の社会の経済体制というものが、「なんだかずいぶん、おかしなことをしているんだな」と思えてきませんか?

 

私が「エンデの遺言」にこだわるのは、その先につながる経済社会が、人間の生産能力を最大限に発揮している社会になるからです。おそらく、地球上でまだ一度も現れたこともないような科学技術が進歩した、素晴らしい社会がおとずれます。

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