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ある天才商人の人物像

この記事は、本当は、昨日公開しようと思っていたのですが…。

 

 もう20年以上も前だと思います。

 

 あるマンガで、明治から戦前にかけての鈴木商店のことを知りました。そして天才商人と言われながらも、最後には大きな損失とともに鈴木商店を破綻させてしまった、金子直吉という人物のことを知りました。

 

 その頃、私はもちろん経済などということについて考えたこともなく、ただ単純なマンガの印象で、「金子直吉という人物は、米騒動の時に米を買い占めていたような、お金のためなら手段をいとわない、強欲な『商人』だったのだろう」と、思っていました。

 

 マンガ自体もこの人物のことを、あまり良い感じには描いていなかったと思います。最後の破綻も、まるで調子に乗りすぎていた人間が、結局破綻してしまったというような描き方だったと記憶しています。

 

 ところが、たまたま日本経済史の中で鈴木商店の名前が出てきたので、ある時ネットで調べてみると、その時の焼き討ち事件というのは、新聞社のデマによるものだったという情報が出てきました。

 

 そして、とりあえずはそのままWikipediaの情報を見てみると、私が思っていたこととは、まったく違った人物像が出てきました。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E5%AD%90%E7%9B%B4%E5%90%89

 Wikipediaの情報が正しいとすると、この人物は決して「調子に乗りすぎた金儲け屋」、などではなくて、とても商業のセンスのある人物だったと思うのです。私が書いてしまうと、とても軽々しい言葉となってしまうのですが、野心や度胸、ものごとを画策する力もあり、自分が展開していた事業の社会的な意味も理解していたという、とても真っ直ぐな商人であり、素晴らしい事業家であったと思います。

 

 20年前の私はもちろん、ひとつ前の記事に書いたような、「単なるお金儲けと、商業は違うflair」という考え方など、持っていませんでした。ただただ子どもじみた正義感と、貧乏人ならではの、お金持ちを批判したい気持ちが先行し、とても自分には理解もできそうにない経済という世界の前で、やたらと感情的annoyでした。

 

 でもそれは、20年前の私だけなのだろうか?、と思います。

 

 経済と言うものがまったくわからずに、やたらとお金を儲けている企業や人物を、意味もなく批判し、妬み、感情的になって、世の中の安っぽい情報にふりまわされてしまうというのは、決して20年前の私だけではないと思うのです。

 

 経済のことなどまったくわからないがために、自ら自分たちの首をしめてくる政治家に投票してしまう、あるいはまったくギャンブラーでしかないような人物を、むやみに尊敬してしまうというようなことも、結局は同じです。

 

 「経済は難しくて、わからないimpact」。

 

結局このために世の中はいつまでも、不満と苛立ちと閉塞感の中で、やたらと何かに踊らされ、時代が進んでも相変わらず、あまりおもしろくない時代が続いてしまうのではないでしょうか?

 

 経済を考えるようになったことで、私は「人間のしごと」というものの、尊さshineを知りました。そしてこんなに混沌として見える世の中なのに、何が本当の「しごと」であり、何が「しごともどき」であるのかが、見分けられるようになりました。shine

 

 難しい経済学の本など、読めなくてもいいと思います。基本的な仕組みを理解するだけで、混沌とした人間の営みのなかから、たくさんの「素晴らしい行為shine」が見つかります。

 

 金子直吉さんという人物は、もしかしたら、ものすごく魅力のある人物だったのかも知れません。

 

 偶然にも、昨日が命日だったのでした。

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