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「お金と時間」というタイトル

 心に問題を抱えていると、普通の人と同じ時間の中を生きていても、心の中ではまったく違う世界を経験していることがあります。clock

 

 奇妙な話だと思われるかも知れませんが、私は12年ほど前まで、自分が生きている世界に、あまり現実感がありませんでした。そして自分が感じている世界には、「現実感がないのだ」ということもまた、知りませんでした。

 

 12年ほど前にある人の助けを得て、心が半分ほど回復しました。

 

 自分の中に大きく存在していた、不安やネガティズな気持ちが嵐のように吹き荒れている「内的な世界」と、自分の外側に近く、現実と接している世界、つまり「現実対応用の世界」とのバランスが、自分の中で逆転したのです。recycle

 

 それまでは、不安や絶望感が吹き荒れている世界が、自分の中で8から9割でした。

 

 つまり現実の世界に30年以上も生きながら、心はいつも「現実」どころではありませんでした。自分の中に吹き上げてくる、激しい不安や絶望感からとにかく逃げ続け、嵐をやり過ごすようにして、耐えているだけで精いっぱいでした。

 

 自分という人間の外側で、自分に関するいろいろな状況が崩れていくのを知っていても、私自身は内的な世界があまりに忙しく、正直に言ってそれどころではなかったのです。sweat01

 

 回復してからは私の中で、その荒れている世界の比率は3から6割程度に下がりました。私も少しは、内的な世界を自分で抑制し、現実対応にエネルギーを注げるようになったのです。

 

 回復が起こった時には、世界の見え方が変わりました。自分が生きている世界が、急激にはっきりとした印象を持つようになり、「現実感」が出てきて、しばらくは目に触れるものあれこれに触りながら、「自分が生きている感覚」を味わいました。shine

 

 その世界は、ちゃんと人と心が通じ合える世界でした。shine

 

 「普通の人は、こういう世界に生きていたんだ…」と、思いました。sign02

 

 そうしてそこから、「ちゃんと自分の人生に参加しなくては」と思いました。

 

 だから私が、本当に自分の意思で、(今から思えばそれもまた、ただ外界に反応しただけの、まだまだ、底の浅い意思ではあったのですが、)「ちゃんと生きなくては」と思ったのは、12年前のその時からです。私はその時、すでにもう30代の半ばでした。

 

 その時、私の社会的な立場は、外資系企業で働く派遣の事務員でした。

 

 そしてその時、ウラシマタロウのように突然、現実に着地したばかりの私には、その場所から、とても強く望んだ「ある状態」がありました。その時のキーワードが、現在このブログのタイトルになっています。

 

 私が強く望んだもの。

 

 それは「お金と、時間と、安全」でした。heart

 

 生きていくためのお金。これは誰でも普通に望むことでしょう。

 

 でもその時の私には、お金だけではなくて、それと同じほど強く「欲しい!」と望んだものがありました。

 

 「時間」です。clock

 

 人間は、「大量の時間を失った」と感じた後、そのままあっさりと、その時間に溶け込み、そこからスタートができるものなのでしょうか?

 

 私はうまくできなくて、自分の中に「2つの時間」を持ちました。

 

 現実に、毎日の生活をまわしていくために、社会に関わり、労働を売りながらお金を稼ぐための時間。

 

 それから社会と自分を切り離し、自分という人間のために使う時間。shine

 

 「半分ほど治った」とは言っても、私の心にはまだまだケアが必要でした。

 

 それから、普通に掃除や料理をし、お風呂に入り、休むなど。生活の基盤となるような時間。それから人と関わる時間も、必要でした。

 

 それまで、心がちゃんと味わうことができなかった時間を埋め合わせるように、私は大量の時間が欲しかったのです。

 

 だから「お金と時間」。それから「安全」です。危険な状態にあっては、心のケアなどできません。

 

 そういうわけで「お金と時間と安全」。

 

 私はこの3つが、とても欲しかったのです。

 

 それで12年前、外資系企業の派遣の事務員の立場から、少しでも早くその3つを得られるように、いろいろとやってみたのですが…。

 

 例えば派遣であれば、自分のスキルを上げる努力をし。あるいは派遣ではなく、正社員になってみたり。それから少しでも「自分に合った仕事」を探してみたりなど。

 

 でも12年求めてみて感じたことですが、もしかしてこの3つというのは、資本主義社会では、社会の一部の人を除いては、「かなり手に入れにくい3点セット」だったのかも知れないと思います。

 

 私の場合は、お金が得られれば時間がなく。時間が手に入れば、失業中。しかもこの最近は両方の間を行ったり来たりで、全然「安全」が得られません。

 

 そうした中では、企業、仕事、お給料、雇用、それから時間について、いやでも考えざるを得ませんでした。

 

 もちろんそこには、自分の内面的な問題はあるわけですが、それでも、「どうすれば自分は最善の選択ができるのか?」と。

 

 このブログはそうやって「お金と時間と安全」を求めながら、労働市場の中で、自分なりに疑問を抱き、答えを探した私の、ある意味「調査報告とまとめ」のようなものだと思います。

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