« 2012年9月 | トップページ | 2012年11月 »

2012年10月

経済のヴィジョンを描くスケッチブック

 「エンデの遺言」に出会うまで、私は地球に貧困があることは、しかたのないことなのだと思っていました。

 

 それまでの私は、経済などというものについて、考えたこともなかったのですが、単純に「地球とはそういう場所なのだろう」と思っていました。

 

 人間には、それだけの能力しかないものなのだろうと、思っていたのです。

 

 ある時「エンデの遺言」のことを知り、やがて「それは本当のことだ」と直感しました。それから、空気中に目をこらすようにして、経済について考え始めました。

 

 誰に聞いても、誰も、よくわかっていなそうなことでした。そこでとうとう、自分で考えるようになり…。

 

 そうしてだんだん、つじつまが合ってきたのです。shine

 

 このブログは、私の心のスケッチブックのようです。私はくる日もくる日も、自分の心の中に見える、経済のヴィジョンを描こうとするのですが、あまりにも大きすぎる素材を前に、何度も書いては、破って捨てて…。art

 

 それなのに私は、書かずにいられないのです。

 

 きっと、絵本を書く作家さんが、どうしても絵本を書かずにはいられないように。carouselpony

 

 このブログを書くのは、自分の心を守るためでもあります。

 

 自分の中に見えるヴィジョンを確認することで、私は心を休ませ、私は「光」を見出しています。shine

  

 自分の目の中に灰色の、世界にたいするあきらめが、広がってしまうのを防ぐために。

 
心の中に、書きためてゆくスケッチブック。

 

 いつか誰かに、私が見ている経済のヴィジョンを、絵本の世界を見てもらうようにして、伝えたいのです。

 

 童話の世界のように、人びとがみんな仲が良くて、子どもたちが空想するような素晴らしい科学技術が展開されていて、地球の空気が驚くほど澄んでいて、人間も動物も誰もが幸せになっている。shine

 

 そういう世界の経済のことを、私は伝えたいのです。heart

| | コメント (0) | トラックバック (0)

慶應大学の貴重書展示会

 丸善日本橋店で開催されていた、慶應大学の貴重書展示会に行ってきました。

 今回の展示は「ルカ・パチョーリの『スムマ』から福澤へ」というタイトルで、簿記の本の展示です。昨日は慶應大学の友岡賛先生のギャラリー・トークもあり、会場でお話を聴くこともできました。

 

 約1時間のお話でしたが、新しいことを知ることもでき、また、いろいろなことも思いました。

 

 一番印象に残ったのは、「理論はニーズがなければ、実用化されない」というお話でした。

 

 簿記の歴史の中でも、簿記の手法というものは、時代の要請に合わせて、いろいろと小さな変化を経ています。

 

ところがそうした変化が起こったのは、その時期にそうした方法が考案されたから、というわけではなくて、その時期にその手法を必要とするだけの、世の中の変化があったから、だったのです。typhoon

 

これは私としては、ちょっとショックなことでもありました。sweat02

 

つまり私がもしも「エンデの遺言」をきちんと整理して、ちゃんと、すじみちのとおった説明として、表現することができたとしても、世の中の方がそれを必要としていなければ、それはそのままになってしまうということです。

 

そして地球は今、ほとんどの人たちが「人間にはこういう経済しか、しかたがない」という思考に閉じ込められていて、「もしかして、別の方法があるのではないか?」と発想する人たちさえ、ほとんどいない状態です。

 

今まで気がつかなかったことですが、歴史が示しているように、本当に、そうでした。

 

ちょっとカナシイ感じもしますが、まぁ、それはそれとして…。chick

 

展示は、おもしろかったです。

 

そしてあらためてまた、感じたことですが、ルカ・パチョーリさんより以前の、「本当に複式簿記を発明した、歴史に名前も残っていない無名の人」にたいして、大きな敬意を感じます。shine

 

簿記の細かい手法の変化というのは同時に、簿記を使う人たちがどのようにして、その時代に起こっている社会の変化に合わせて、財産の状態を正しく把握できるかを試行錯誤してきた経緯でもあると思うのです。

 

でもその第一歩は何よりも「複式簿記」というニ面的な記録の方法を思いつくことができなければ、それらのマイナー・チェンジさえもあり得なかったことでした。

 

だから思います。一番はじめに複式簿記という手法を思いついた、無名の人について。

 

なんて、頭のいい人だったんだろう!でも、無名…?!sweat01)」という感じです。

 

(^^;)

 

 人間の仕事なんて本当は、歴史に名前が残るかどうかなど、関係がないのかも知れません。時代を超えたって、きっと「わかる人にはわかる」ものなのだと思います。shine

| | コメント (4) | トラックバック (0)

ヴィジョン(大地を潤すもの)

 時々唐突に、経済に関するビジョンを見ます。今回見たのは、こういうものでした。

 

 

 大地が枯れています。茶色い大地にたくさんの人々が生きています。

 

 私は町の中を歩いていました。

 

 働く人たちは、忙しそうというよりも、ちょっと苦しそうでした。

 

 スタイリッシュなビルが立ち並ぶ都会は、形は美しいのに、人々はどこか希望がなさそうでした。

 

 町の下の方では、住む家のない人たちが、仕事がないために、公園にぼんやりすわっていました。

 

 町全体が、形は美しくても、生き生きとした明るさにかけていて、どこか世界の終りが間近いように、空しそうでした。

 

 夜になった町の裏通りでは大量の食べ物が、捨てられています。働き疲れた人たちも、今はもう家で眠っているのでしょう。

 

 地球のちょうど裏側では、食べ物がなくて飢えている人たちが、悲しそうでした。

 

 この土地はまるで、水が行きわたらない大地のように、乾いていました。

 

 私はそれを、空から見ています。

 

 「お金は社会の血液」と言いますが、この土地は血液の流れが悪いので、生産をしても、それらがちゃんと、消費をしたい人たちのところに届かないのです。

 

 大地を潤す水が、世界のどこかで固まってしまっているように、この土地は潤いに欠けていて、砂漠のように乾いていました。

 

 私が空から、空中で固まっている水の塊に指で触れ、その中に祈りを込めるのです。

 

 「大地に流れていくようにshine」と。

 

 水はゆるゆると溶けだし、たちまち、なめらかな水となって流れだしました。

 

 乾いていた大地にどんどん広がり、乾いていた土の中にしみていきます。

 

 茶色かった大地は息を吸うように、水を吸い始め、たちまちうるおいを取り戻しました。緑色の木々がどんどん増えてゆくのが、空からわかります。

 

 地上におりてみると人々はもう、おだやかな表情で暮らしていました。都会で捨てられていた食べ物は、今は作り過ぎることもなく、ほとんど無駄になることはなさそうです。

 

 ミヒャエル・エンデが「モモ」の物語の中で言っていた、「ぬすまれていた時間」は地上に戻りました。clock

 

 もうあんな、捨てるほどたくさん、忙しく、作りすぎなくてもいいのです。

 

 幸せそうな人々が住む町の上に、夜がきました。小さな子どもの笑い声のような、たくさんの灯りが町に灯りました。shine

| | コメント (0) | トラックバック (0)

お勉強、したいよね?

 ちょっと大学の用事があって、普段はとおらない駅の通路を通りました。

 

 通路では高校生ぐらいの男の子と女の子が数人、募金箱を持って声を張り上げ、リーフレットを配っていました。

 

 リーフレットはあしなが育英会のもので、「病気・災害(津波・震災含む)・自死遺児に、進学のための奨学金を!!」と書かれてありました。

 

 その時ちょうど私は大学で、通信課程のほかの学生さんたちと、お話をしてきた帰り道でした。けっこう、お勉強気分♪だったのです。book

 

 「勉強」と言うと、普通はイコール「あんまり楽しくないこと」と思われるかも知れません。

 

 でも私は、自分が興味のあることを知っていくことは、楽しいです。とくに今の大学に入ってから、「自分は論文を書く練習をしているのだ」と思うと、けっこう楽しいです。

 

 誰でも、自分が好きなことheart興味があることheartを学んでいる時は、無理なく楽しく感じるものではないでしょうか?shine

 

 私は、お料理教室で食材fishの取り扱いを習ったりするのも楽しいのですが、大学の勉強penというのも、興味のあることであれば、楽しいです。

 

 でも社会人になってからの勉強は、とにかく時間を作ることが難しい…。clock

 

 資本主義経済は、企業の利益につながる勉強であれば、どんどん奨励するけれど、個人を豊かにするような勉強には、あんまり協力的ではありません。dollar

 

 「お勉強、したいよね?」。book

 

 リーフレットを見ながら、思いました。学生さんは、一度でも社会に出てしまうと、その後はなかなか時間もとれなくなりがちです。そして資本主義社会では、なんだかんだ言っても、やはり学歴はあった方が何かと有利です。

 

 いつもは「募金はしない主義」の私ですが、今日はちょっとだけ協力しました。

 

 私がいつか経済を変えるまで、(←最近はまた、すっかり「変える気」になってきました。)今はこういう形でしか応援ができないので…。 shine

| | コメント (0) | トラックバック (0)

コスモス、節約、商店街

12131_

 せっかくコスモスを見に行ったのに、雨が降ってきてしまいました。

 

 満開のコスモスshineは、とてもきれいだったのですが、寒くてあまりゆっくり見ていることはできませんでした。

 

 毎年恒例にしているラベンダー・ソフトクリームも、さすがに今年はやめにしました。

 

 また来年、満開の時期に、来られたらいいなと思います。

 

 移動には、金券ショップで買った、鉄道会社の株主優待乗車券shineを使いました。交通費がずいぶん節約になりました。train

 

★★★

 

 この場所に来ると、毎年商店街をとおりぬけて行くのですが、この数年、閑散としていることが気になります。

 

 近くに大型スーパーができていることも、関係があると思います。

 

 商店街がさみしくなっていく原因が、私が考えているように「株式会社」という企業の形態にあるのだとしたら、できるだけ早くその形態を止めたいと思います。

 

 資本や株主のための経済dollarではなくて、その町に住み、その町で働き、その町で生きていく人のための経済にした方がいいと思います。shine

| | コメント (0) | トラックバック (0)

人類の世界観の成長も?

 ひとつ前の記事を書くために、Wikipediaでコペルニクス、ガリレイ、地動説、天動説などについて調べていたところ、おもしろい記述を見つけました。

 

 天動説というのは、現代から考えると、明らかに間違っていると思われるのですが、それまでの時代では、観測技術がそれほど発達していなかったので、当時の人々からしてみると、それなりにつじつまが合っていたのだそうです。

 

 言われてみれば、なるほどと思います。

 

 そしてその後の学者の世界でも、やはりその時代、時代で確認できる範囲や、イメージできる世界の限界があり、結局はだんだんと、「より真理に近づきつつあるshine」ということのようです。

 

 地球全体の真理の探究も、子どもが大人になる時に、だんだんと世界観を再構築してゆく様子と、似ているところがあるのかも知れません。chick

 


「サンタクロースは絶対にいるんだよね?present

と言っている時期があり、そのうちに

「サンタクロースは、本当はお父さんなんでしょう?xmas

と言う時期があり、でももっと大きくなれば、

「サンタクロースはいなくても、人間にはサンタクロースのような、優しい気持ちがあるんだね♪bell

と言えるようになる。heart


 そういう風に人類全体の世界観も、だんだんと確認できる世界が広がって、人類全体で「大人shine」になっていくのかも知れません。

 

★★★

 

 Wikipediaの情報は、大学のレポートの参考文献には使えません。book

 

 でも正確ではないにしろ、短時間で、大づかみな情報を得たい時、Wikipediaは便利です。

 

 天文学の話にしても、学問的な裏付けとはまた別に、展開をサラッとした流れで上手に説明してあると、印象的に、効率良く頭に入ります。pencil

| | コメント (0) | トラックバック (0)

気の毒な大発見?

 図書館に、コペルニクス「天球の回転について」(1566年)と、ガリレイ「天文対話」の初版が、展示してありました。book

 

 コペルニクスという人は、地動説を裏づけてしまった「気の毒な学者さんsweat01」だと、私は思います。そのうえガリレオ・ガリレイに至っては、地動説を擁護してしまったために異端審問にまでかけられてしまった、「本当に気の毒な学者さんsweat01」だと思います。

 
当時の学者たちよりも、この2人の学者さんは真理を見極める目があった。shine

 当時の学者たちの方がよほど、頭が凝り固まっていて、見る目がなかったのです。

 

 でもそうは言っても「多勢に無勢」です。おまけにこういう時は、既存の常識を盲信できる人間の方がどうしても強いので、やっかいです。

 

 宗教でも何でも「盲信できる人」というのは、「視野が狭いからこそ、かえって疑いを持たない」という強さthunderがあって、キケンです。

 

 コペルニクスは、とくに聖職者でした。

 

 「動いているのは地球の方だ。その方が現れている現象のつじつまが合っている!」と気がついてしまった時、いったいどういう気持ちがしただろうか?と思います。sweat02

 

 彼の職業は神様に仕える者であり、でもその神様はどう考えても「天が動いているのだ!」と言い張って、聞く耳も持たなそうな石頭です。

 面倒くさそうです…。

 言いたいけれど…。

 

 でも「どうして、よりにもよって、自分が言わなくてはいけなくなってしまったのだろう」、とは思わなかったでしょうか?

 

 私だったら、思います。(笑)

 

「誰か、先に言い出してくれればいいのに」と。

(^^;)

 

 地球の歴史の中には、このような場面はけっこうありそうです。

 

 現場の人であれば、「理屈はよくわからないけれど、とにかくこうすればうまくいくよ♪」と言ってすませることができますが、学者という人たちは言わなければ、仕事にならなそうです。

 

 優秀な学者だからこそ、「かえって大変だった」という時代。

 

 でも現代だって、もしかしたらそうだったりして…?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

低空飛行♪

 はじめて提出した大学のレポートが、いちおう合格で返ってきました。

 

 ぎりぎりの合格のようでしたが、でも満足♪です。shine

 

 経済学部のレポートで私が合格できたなんて、上出来!です。

 

 卒業できる可能性が2%から3%ぐらい(!)に、ちょっと上がりました。

 

(超低い?!)sweat01

(^^;)

 

 このまま、低空飛行で飛び続けていけたらいいな♪と、思います。

 

 欲はありません。

 

 私は「エンデの遺言shine」を背中にしょっているのですから、(勝手にしょっているのですが、笑)低空飛行で十分です。present

 

長い旅になりそうな気はしますが、墜落せずに卒業まで飛べれば上等!です。sun

| | コメント (0) | トラックバック (0)

最近、本の読み方が変わりました。

 最近、齋藤孝さんの本をよく読みます。

 

 そのおかげさまで、本の読み方が変わりました。book

 

 今までは、「いちおう目をとおしてから(あとで、また読もう)」という読み方をしていました。読み終わってもたいがいは、メモも取らずに「読んでそのまんま」でした。

 

 でも今は違います。読む段階から自分へのインプットを意識して、いつかアウトプットする時のための栄養にするのです。

 

 自分にとっての大切な本だと判断したら、もうその本はリサイクル書店には出さないと決め、どんどん線を引いたり、書き込みもします。pencil

 

自分にとっての「shine」とか「ステキ!heart」も、派手目に書き込みます。(時々お絵かき♪付き?chick

 

 本1冊ではなくて、その時の持ち時間に合わせて、「部分だけを読む」という読み方もするようになりました。clock

 

 今では「読んだら、ただでは終わらせない!dollar」というほどの、読み方です。(もちろん絵本や小説は、楽しむために読むので別ですが。)

 

 このような読み方は、もしかしたら東大のような上位の大学を目指している学生は、誰でもしていた読み方だったのでしょうか?

 

 なんだか今まで、ものすごく人生の時間を無駄に使っていたような気がします。

 

(;;)

 

 でも「人生はいつでも、これから♪」なので、この時期に良い読み方を知ることができて、とても良かったです。shine

 

(^0^)



携帯用リンクはこちらです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

危険な性格?

 「経済セミナー」という雑誌を、ちょこちょこ見ます。

 

 読んでも内容の半分以上は、私にとって意味不明です。だから読めるところだけ、読みます。

 

 そのかなり「希少な」、「私にも読めるページ」の中に、「女性の経済学者へのインタビューshine」という記事があります。どうやらこの1、2年ほど続いているようです。

 

 この記事を読むと、私はかなりへこみます。downwardright

 

 なぜかというと、インタビューの中の経済学者の方たちは、とても楽しそうに経済学の世界での経歴を語っているからです。経済学部の学生になって、まだ1単位も取得できていない私からは、考えられません。

 

 私が経済学を学ぶなんて、明らかに私の中で「得意でないこと」をやっています。

 

 「比較劣位」です…。sweat02

 

★★★

 

 昨年からお菓子作りを習っています。お菓子作りのレッスンでは、かなり美しいムースやタルトなどが出来上がります。cake

 

 一人で全部食べてしまうとよくないので、時々ご近所さんにおすそ分けします。

 

 そうすると、とても喜ばれ、「お菓子、がんばって! また、お願いしますヨ!」という、励ましのお言葉を頂戴いたします。heart

 

 もともとお調子者でもある私としては、励ましていただくとけっこう気合も入り、その気になるのですが、何にしてもお菓子作りはテクニックがいろいろ難しくて、なかなか上達できません。sweat01

 

 それでも、自分もうれしいし、人さまにも喜んでいただけるのならば、がんばりがいもあるというものです。heart

 

 時々、悩みます。libra

 

 私は、自分にとって「比較劣位」である経済学を勉強するよりも、もっとお菓子作りに力を注いだ方が、世の中の人をシアワセにする確率が高いと思うのです。shine

 

 少なくともご近所さんと家族とお友達は、シアワセになるでしょう。shine

 

 経済学の方は、私が勉強しても、誰もシアワセにならないかも知れません。sweat02

 

 経済学の方はどうも「いちか、ばちか」という感じで、お金と時間を賭けた、かなりのギャンブルです。

 

 意外と「危険な性格」です。sweat01

| | コメント (0) | トラックバック (0)

雨の降る日曜は

 今日は午前中が雨だったこともあり、「雨の降る日曜は幸福について考えよう」(橘玲著)という本を読んでいました。

 

 2004年に発行された本なのですが、その頃は私には内容が難しくてなかなか読めず、でもそれなのに、どうしても気になり続けていた本でした。

 

 6年もかけて、自分なりに経済について考え続けてきた結果、今は私にもだいぶ、書いてあることがわかるようになりました。

 

 不思議な魅力がある本だと思います。

 

 資本主義社会の中に閉じ込められている重たい閉塞感と、それなのにどこか、健全な雰囲気を感じます。

 

 文章はとても辛辣なのに、写真はとても温かく、ついついその両極端な雰囲気に心が魅かれてしまいます。shine

 

 

 私がこの本を好きなのは、橘玲さんが私たちの社会の「身も蓋もないような事実」を、はっきりと言っているところです。sun

 

 つまり「金融業界では、株式投資をギャンブルの一種と見なすのはタブーだ。」などと、はっきり言っています。

 

 でもその次に「美しい嘘」という言葉を使いながら、「大人」というものは、それに対してどうふるまうべきかまで、書いています。

 

 これは、「はだかの王様」に気がつくなりすぐ、「王様って、裸だね!」とそのまま言ってしまうような、「大人でない」性格の私には、大変お勉強になるとも言えます。

(^^;)

 

 でもその一方で、私はさらに思います。

 

 「『美しい嘘』をついている大人って、よっぽど頭が悪いのか、心が醜いのかどちらかじゃないのかしら?」、などと。

 

(^^;)(^^;)(^^;)

 

(ちっとも大人じゃありませんネ…。)shine


 今の私は、「エンデの遺言」によって導かれる経済社会の答えを得ています。

 
だから今はもうこの本を読んでも、その重さにへこんでしまうということはありません。

 今の私は、この閉塞感でいっぱいの資本主義社会の雲の中に、光が差し込んでくる隙間を見つけてあるからです。

 

 好きな本なので、この本については、いつかまた書いてみたいと思います。book

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ブックキイピング♪

 「簿記ことはじめ」(雄松堂書店)という、明治時代の簿記の本が、一連のシリーズになっている本を見つけました。和紙に墨で書かれてある(のを再現した、印刷の)縦書きの本です。

 

 数冊のシリーズの中には、以前から見たかった「銀行簿記精法」や、それから「銀行簿記用法」という本も、入っています。

 

 第1冊目は、福沢諭吉さんの「帳合之法」でした。

 

 開けてみたら、とってもお行儀のよい文字が、きれいに縦に並んでいて、なんとなく気持ちの良い本です。shine

 

 その文字の並びが気に入ってしまい、ついつい意味もなく、何度も見てしまいます。shine

 

 ところで「簿記」、「Book-keeping」、「ブック・キーピング」、「帳合之法」など、いろいろ言い方はありますが、私は「ブックキイピング」という、福沢諭吉さんの表記が、とっても可愛くて気に入りました。heart

 簿記がとっても楽しいことであるかのように、錯覚しそうです。

 

 「キーピング」ではなくて、「キイピング♪」ときっちり発音する感じがなんとなく、「お茶目でカワイイ!shine」と思ってしまうのは、私だけでしょうか?

*^^*

| | コメント (0) | トラックバック (0)

勇気を出して…、?

 ずっと探していた情報があります。大学の図書館にある本から、調べられるかもしれないということがわかりました。book

 

 見てみたいです。shine

 

 でもちょっと、困っていることがあります。

 

 その本は、図書館の地下4階にあるのです。

 

 どうしてそれで困っているかというと、実は私は、地下が苦手です。sweat01

 

地下1階ぐらいなら、まだだいじょうぶなのですが、地下3階以下ともなると、心細くて、落ち着かなくなってしまいます。地下鉄も、あまり好きではありません。

 

それぐらい、地下には行きたくないのです。ましてや、古くてちょっと特殊な本まで置いてある地下ですから、明るい、楽しい雰囲気であるはずはありません。

 

その場所で本を探すなんて、想像しただけで、心細くてたまりません。sweat02

 

 でもその本があるのは、そこなのです。見たければ、行くしかありません。

 

 本当を言うと、図書館のスタッフの人に「心細いから、一緒に来て下さいsign03」とお願いしたいぐらいの気持ちです。chick

 

 でも幼稚園の子どもでもありませんし、よりにもよって大学の図書館で、いい大人がそんな「お願い」もできません。sweat01

 

 どうしよう。お守りでも何か、探さないと…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

牛丼の値段(1)

 最近、ある有名な牛丼チェーン店の、牛丼の値段について考えています。

 

 (自分が食べたいからでは、ありません。いちおう経済の話題のひとつです。sweat01

 

 何の雑誌か忘れてしまったのですが、ある有名な私立大学の経済学者の人が、「もしも○○家の牛丼の値段が250円になったとしても、それを喜ぶ人はあまりいないだろう」という意味のことを言っていました。

 

(ちなみに○○家の牛丼は、現在380円です。)

(そして公式サイトにはのっていないのですが、どうやらその中の牛丼専門の店舗だと、290円らしいです。)

 

 その雑誌の記事を読んだ時、私はちょっと、心に引っ掛かるものがありました。というのは、この数年非正規雇用が続いている私は、いろいろな職場でランチ代を節約している様子の男性を見ています。

 

 それがどうしてか、30代から50代の家族を持っている男性が多いのです。

 

 たとえばカップラーメンと、コンビニで売っているシンプルなパン(メゾン・ナントカのおしゃれなパンではなく…)。

 

またはカップラーメンと、持参のおにぎりなど。riceball

 

それも時々ではなくて、連日ということがよくあります。

 

その男性たちが、その節約分をタバコやお酒にまわしているのかどうかは、わかりません。

 ただそうした状況を見ていると世の中にはおそらく、○○家の牛丼が250円になったらうれしい!という人は、けっこうたくさんいるのではないか?と思うのです。

 

折しも最近、あるドーナツ屋さんの半額セールでは、お客さんが押し寄せてしまい、販売が追い付かなくなったそうですし。

 

やっぱり○○家の牛丼が250円になったら、喜ぶ人はけっこういるのではないでしょうか?

 

 はじめの雑誌の話に戻りますと、たしかにその学者さんは有名な私立大学の先生なので、「ランチ代を節約した」という経験が、そもそもないのかも知れません。

 

 でもそうしたら、その人が知っている経済学というものは、世の中の一部だけを研究対象としてきた経済学だということかも知れず、私としてはけっこうショックです。

(;;)

 

 その学者さんの世界と、私が生きている世界の間には、かなりの温度差がありそうです。

 

 ちなみに私が知っている男性のランチ代で、最高の節約価格はなんと120円です!shine

 

 おにぎりもパンも持参せず、すべてお店で調達する素晴らしいアイデアshineなのですが、ちょっと事情があって、その内容がここには紹介できず、残念です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年9月 | トップページ | 2012年11月 »