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「企業用具説」という企業観

 昨年「企業用具説」という、大変ショックな企業観を知りました。

 

 記事が掲載されていたのは「PRESIDENT 2012年4月2日号」です。「なぜコダックは破綻し、富士フィルムは好調なのか」という記事で、甲南大学特別客員教授の加護野忠男先生による記事です。

 

(ネット上では、こちらに記事の全文があります。)

 

 この記事によると、昨年写真フィルム産業のリーダー各であったコダックが、かつては高収益の超優良企業であったにも関わらず倒産し、その一方でアグファ、富士フィルム、コニカなど同分野の他の企業は、多角化によって生き残りを図っているが、その明暗を分けた背景には企業用具説という、アメリカの企業観の存在があるというのです。

 

 企業用具説というのはアメリカの投資家に見られる企業観で、「企業は株主が富を増やすための手段」であると考える企業観です。

 

 企業用具説では「企業は投資家が利益を得るための用具にすぎず、その価値がなくなれば、市場から退場した方がよい」と考えます。「存在意義を失いかけた記号を存続させようとするのは無駄な努力であり、その努力は、ゼロから企業をつくることやよい企業をさらによくすることに使うべきだ」と考えるそうです。

 

 それに対して日本やドイツでは「企業制度説」という企業観があり、「企業はそれ自体として存続する意味がある社会的制度である」と考えるそうです。

 

 このふたつの企業観の違いは、倒産という事態についての見方を大きく異にします。

 

 企業用具説では、企業倒産をあまり問題にしません。「企業が倒産するのは経営資源を外に吐き出すという意味で社会の生産性を高めるという機能を果たしている」とさえ考えます。アメリカではさらにこの考えを進めて、「つぶれてもよいという特性こそ、株式会社のメリットの一つだ」という極端な主張もあるそうです。

 

 それに対して日本やドイツの企業制度説の立場では、経営者は企業の存続に責任を感じているので、事業の多角化などの戦略をとって経営の安定化を図ります。

 

 コダックの場合は企業用具説による投資家の意向を尊重したために、企業の多角化に積極的になることができず、その結果倒産したというのです。

 

 「企業用具説」という言葉は、強烈な言葉だと思います。

 

 ただし落ち着いて考えてみると、もともと株式会社という制度は、企業用具説の立場から発展してきたものでした。

 

 慶応大学の友岡賛先生による会計の歴史の本を読むと、中世イタリアの時代からの、株式会社という制度の発展を知ることができますが、会計という制度はもともとそうした資産運用者の視点から改良され、発展してきた制度です。




 それなのにどうして日本やドイツでは「企業制度説」という、企業に社会的な存続の意味を見出す企業観が生み出されたのか?

 

 加護野教授は、おもにイデオロギーの問題としています。

 

 でも私はこのことについて、これは企業という組織がもともと抱えている、お金の動きと、実体のある生産物やサービスの動きの、二重構造がもたらす見方の違いなのではないかと思います。

 

 投資家は企業という存在を見る時に、財務諸表の中から生み出される利益、つまりお金の動きのみに関心を持ちます。

 

だが経営者や従業員、社会の人々は、その企業が世の中にどのような生産物を送り出し、また雇用を生み出しているかという、実体のある生産物やサービスの状態に着目します。

 

 実際には企業は、お金の動きの面においては投資家に利益を生み出し、同時に実体のある生産物やサービスの面では、社会の役に立つ生産を行いながら雇用を生み出すという、両方を行っています。

 

 企業用具説は企業にまつわるお金の動きだけに着目し、企業制度説は企業における、実体のある生産物やサービスの動きだけに着目した結果ではないかと思うのです。

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