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合法であれば、善なのか?

 ようやく駆け込みで、映画の「レ・ミゼラブル」を見てきました。movie

 

 物語はだいたい、子どもの頃に読んだジャン・バルジャンのお話のそのままですが、全体的に痛まし過ぎないように仕上げてあり、思っていたよりも見やすくなっていました。

 

 物語の中では、回心したジャン・バルシャンと、彼を執拗に追いかけるジャベール刑事が、光と影のように、それぞれの立場から思いを歌います。shine

 

 ミリエル僧正に出会って愛を生きることを決めたジャン・バルジャンと、法を正しいものとし、「法の立場に立つ自分は、神のみ心に沿っている」と考えるジャベール刑事の立場は、対象的です。

 

 もともとジャン・バルジャンが囚人となってしまった原因は、身内のためにたった1本のパンを盗んだことでした。その後に試みた4回もの脱獄のために、彼は19年も服役しています。そしてミリエル僧正に出会ってからは、ジャン・バルジャンとしては存在を消し、マドレーヌ市長となって多くの人たちを助けています。

 

 それでも「法を正しい」とするジャベール刑事にとっては、彼は罪人のままでした。

 

 それなのにジャベール刑事は、ジャン・バルジャンによって、生命を助けられてしまいます。そして再会した時、彼はジャン・バルジャンを撃つことができませんでした。

 

 法を正しいと信じて生きてきたジャベール刑事ですが、自殺します。

 

 

 経済のブログなのに、長々とおなじみの物語を書きました。

 

理由があるからです。

 

法は、いつでも絶対に正しいのか?」と、私は思うのです。

 

 たった1本の、身内が生きるためのパンを盗んだことによって投獄され、脱獄したという理由によって19年もの服役に及び、そしてまた法に背いているというために、良い行いを積み重ねていても、まだ追われる。

 

ジャベール刑事の行動は、法に沿っています。

 

 だけど彼が従っていた「法」というものは、結局人間が作ったものでしかありませんでした。人間が作った法であれば、もしかしたらその法そのものが、社会に有害である場合だってあるかも知れません。

 

ジャベール刑事という人物は、あまりにも無自覚に「法」というものを自らの内に受け入れ過ぎ、絶対視し過ぎていたのではないかと思うのです。

 

「レ・ミゼラブル」という高尚な作品を見た後にshine、投資ファンドによるTOBという卑俗な話題を持ち出すのは、あまりにも情けない話ですが…。dollar

 

TOBという行為を見ている時の不愉快さについて、私はうまく表現する方法が見つかりませんでした。TOBは合法なので、誰にも止めることができません。

 

でも、合法であれば、それは善なのか?

 
「レ・ミゼラブル」を見たことによって、私は思いました。

 
たとえば「強欲は善」という言葉もあるようですが。

 

合法であることと、善であることは、同じなのか?

 

私は違うと思うのです。

 

 映画の「レ・ミゼラブル」は、子どもの頃の記憶とは違い、意外と光に焦点があたっている仕上がりでした。神という存在は法よりも、愛の傍にあるようです。heart

 

 出てくる人たちは貧しく、痛ましい人たちが多いのですが、動物的なTOB劇を見る不愉快とは、まったく違う清らかさが、心に鳴り響く世界でした。shine

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