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2013年5月

戦争をしたいのは誰?(1)

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このところ話題になった発言があったので、戦争についてちょっと考えていました。

 

 女性はたとえどこの国の人であっても、戦争は嫌だと思うのです。戦争になってしまうと女性は国籍問わず性暴力の可能性が出てくるので、世界中の女性にとって、戦争というのは、とんでもない大迷惑!な話です。impact

 

 それから子どもも、おそらく戦争は嫌だと思うのです。

 

だって戦争なんて、恐いし、楽しくない…。sweat02

 

 それなら、男性は戦争が好きなのでしょうか?

 

 世の中を見渡してみると、どうもそうとは思えません。

 

 男性たちだって、戦争で生きるか死ぬかという世界よりも、安心して仕事でも(←?)していられる社会の方が好きそうです。shine

 

 安全に仕事をして、仕事が終わったら、安全なお家でくつろいで♪

 

 男性たちだって、そういう生活の方が好きそうです。

 

 ちなみにお年寄りも、戦争は好きではなさそうです。そうでなくてもあちこち体が大儀なのに、やっかいなことはおそらくまっぴらごめんだと思います。

 

 ということは、世の中のほとんどの人はやはり、平和の方が好きshineではないかと思います。heart

 

 でもそれならば、世の中にはどうして戦争なんて、起こるのか?

 

 いったい誰が戦争をしたくて、世の中を戦争に導くのか?

 

 日本だって過去に「戦争をしたかった人たち」がいたから、実際に戦争になったと思うのです。

 

 「いったい、どういう人たちが、戦争をしたがるのかな~」などと友人に話していたら、友人曰く。

 

 「たぶん、自分は戦争には行かない人たちなんじゃない?」。

 

 「あっ、そうか!」と、すごく納得した回答でした。

 

 なるほど、そういうことですネ。

(*^^*)

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お金があれば、選択肢はたくさん

 休日の夕方、ちょっと事情があって、知人にご馳走してもらえることになりました。

 

 場所は山手線圏内の大きな駅近く。駅周辺は遊びに来ている人でいっぱいです。

 

 「休日のこんな時間に食事と言っても、この時間ではどこもいっぱいだろうし」と、人ごみが嫌いな私は、ちょっと「…」でした。

 

 ところがそんな日、そんな時間帯でも、静かな場所がありました。

 

 駅に近いホテルの高層階にある和食屋さん。お値段はまぁ、ちょっと高めだけど、でもまぁ、そこそこというぐらい。

 

 大きな窓からは、夕暮れていく東京の街と、そして遠くには富士山の影までも見えました。shine

 

 ちょうどゆっくりと太陽が沈んでいく時間帯でした。shine

 

 高い場所が好きな私は、美しい夕陽や、黒い影に変わってゆく富士山の姿から目が離せません。shine

 

 地上の喧騒ははるか遠く、そこではBGMが穏やかで、しかもまだ空席が目立っている静かな空間がありました。

 

 食事をしながら、「お金があるということは、選択肢をたくさん持てるということなのだ」と思いました。

 

 お金がなければ、入れるお店が限られ、選べるメニューも限られる。

 

 お金があれば、入れるお店は多くなり、選べるメニューも多くなる。

 

 食べ物だけでなく住む場所、住宅、衣類、装飾品、娯楽、なんでもそう。はては人生の選択肢でも、学校、留学、旅行、冒険、企業のチャンスまで。

 

 お金とはその人が、世の中にある財やサービスを、どれだけ利用できるかという使用可能量を表すポイントです。

 

 お金がない人は、世の中に存在する財やサービスをちょっとだけ。そしてお金がある人は、世の中に存在する財やサービスを、その所有するポイントに応じてたくさん使えます。

 

 だからお金がない人は、限られた選択肢の中でうまく生きるしかないし、お金がある人は、たくさんの選択肢の中から、のびのび生きられます。

 

 所有するお金が少ないから、そのまま不幸だということでもないのでしょうが、お金がたくさんあった方が使用できる財やサービスの選択肢は多く、また選べる財やサービスの質も良くなるので、その生き方がやはり快適そうであることは、間違いなさそうです。

 
(とても美しい夕景だったのに、写真を撮ってくるのを忘れてしまいました。ああ、残念!)

 

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ニュースを安心して見ていられる時代

 先週のある日、久しぶりに、午後9時からのNHKのニュースを長く見ていられた日がありました。

 

 この最近は、途中で内容に耐えられなくなってテレビを消してしまうか、はじめから見ないかのどちらかだったので、私としては意外なことでした。

 

 その日は久々に、ニュースを見ていて「すっきりした!shine」という場面がありました。

 

 憲法96条についての、慶應大学小林節教授のお話。

 

 改憲派だそうですが、96条をまず先に改正するということについては、きっぱり反対!

 

 久々にテレビの中で耳にした「本気の正論」と思いました。

 

 (「本気」とつけたのは、「口先だけの正論」ならば、テレビの中でいつでもたくさん聞こえているような気がするからです。)

 

 お話の内容は私としては、普通の国民の感覚からも、それほどずれていないように感じました。

 

 この最近の96条に関する話を聞くたびに、なんとなく言いたいけれど言えなかった。普通の庶民でしかない自分には、十分な知識も適切な言葉もないから、言いたいけれど言えなかったこと。というか、その苛立たしいようなモヤモヤした気持ち。

 

 この日はそれを、学者の人が力と重みのある言葉でスパッ!thunderと気持ち良く、言葉にして言ってくれた。shine

 

これがテレビのニュースではなくて、どこかの講演会場だったら、私は思いっ切り拍手をしていたと思います。

 

久々に「学者って、カッコいい!!!shine」と、素直に思った瞬間でした。(ミーハーな表現でスミマセン。)

 

この日は、「こういう主張も放送されるということは、日本だってまだまだ捨てたものでもないかも知れない」と、思い直しました。

 

(↑それほど日本について悲観していたのか?と言われそうですが…。)

 

(はっきり言ってこのところ、かなり悲観していました。)

 

 

小林節教授のお話で気がつきましたが、私が小泉・安倍政権、そして第二次安倍政権の時代の雰囲気が苦手なのは、その「強引さ」が嫌いだったのです。リーダーシップと言いながら、いつの間にか日本が一部の人たちにとっての「都合のいい国」に変えられてしまいそう。

 

そういう、油断ができないような、不安な感覚が嫌でした。

 

とくに第2次安倍内閣になってからは、どことなくメディアの様子もおかしいような感じがしていて、さらにまた嫌だと感じていたのですが。

 

この日のニュースは、ちょうど経済の話題がほとんどなかったこともあり、久々に安心してテレビをつけっぱなしにして、家事をしていることができました。

 

「こんなの、久しぶり~♪」と思いながら、「ニュース番組をつけっぱなしにしていても、それほど嫌な気持ちにならないで済む世の中って、やっぱりいいな♪」と思いました。shine

 
おまけに今日は、すっきりして気持ちのいい瞬間まであった~♪」と。

shine(*^^*)shine

 
昨年までは、わりと普通だと思っていたことのありがたみを、再認識してしまった夜でした。

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感性へのあきらめ

 この最近、テレビのニュースを見ては不愉快になってしまい、またインターネットで経済のニュースを検索していても、あんまりおもしろくありません。

 

 そしてNHKのニュースでさえも、最近は見なくなりました。

 

 そしてまた、どうやらそうした「世の中からの情報」に不満を感じているのは、私だけではないらしいということも、わかってきました。

 

 私が以前から好きで見ていたブログなどが、どれも私と同じように、なんとなく不満や憤りで言葉が険しくなり、文章の快活さが鈍っているようです。

 

 そういう状況下で、女性である私は当然すでにもう怒り疲れ、「美容に悪いからもう経済のことなど考えたくない!」と、すっかりそこまで行きそうです。

 

 そこで、そのような世の中の状況にふりまわされて、自分の美容と健康を損なってもばかばかしいと思うようになり、このところ自分なりに対策を考えていたのですが。

 
結局このように考えて折り合いをつけることに決めました。shine

 

 今という時代は、私にとっての「B級現実ジゴク」なのだと思うことにしたのです。

 

 この「B級現実ジゴク」というのは、最近読んだ「キネマの神様」という本の中に出てくる言葉の「B級ホラー地獄」という言葉をもじって作りました。

 

 物語の中では、映画をこよなく愛する主人公たちが、ある事情から「キネマの神様」というブログを立ち上げ、そのブログの中で「キネマの神様」という、映画が「名画であるかどうかを判定する神様」という存在を設定するのです。

 
その「神様」に映画好きのある人物が、自分が長年にわたって見て来た映画の報告をブログへの書き込みという形でしていくのですが、もしも神様につまらない報告をしたとしたら、その時は…

なんと、「このさき死ぬまで、いや死してもなおB級ホラー映画以外見ることを許されない」という「B級ホラー地獄」に堕とされるのだそうです!


 
「B級ホラー地獄」?!!!sweat01

 
「イヤです。ぞっとします! 私には絶対にそんなジゴクは耐えられません!」と、映画好きの私にとっては、泣いて逃げ出したくなるようなジゴクです。(ちなみに私はホラー映画は大キライ!です。)

 私だったらお金をもらっても、絶対にそんなジゴクには行きたくありません!

 というわけで私は、今のこの「現実」というのは、この「B級ホラー地獄」に相当する、私にとっての「B級現実ジゴク」なのだと思うことに決めました。

 

 もともと私は、小泉・安倍政権の時代がキライで、その後の福田・麻生、民主党政権の時代の方が好きでした。それなのに今また安倍政権に戻ってしまい、経済に関しても、憲法に関しても、私にとっては好みに合わないことばかりです。

 

 でもそうは言っても、安倍政権が大好きという人たちがたくさんいるから、現状がこうなっているのでしょうし、その人たちにとっては楽しい世の中です。

 

 こればっかりは映画の好みと同じで、芸術映画が好きな人もいれば、B級ホラー映画が好きな人も、コムヅカシイ映画が好きな人も、軽い映画が好きという人もいるものであり、誰が正しいという話でもありません。

 

 たまたまこの数年、世の中に好きな映画が上映されているかのように、私の好きな時代が続いていたけれど、今は上映が変わって、世の中に私のキライな映画が上映されている、というようなものだと思うのです。

 

 (私が今キライなのは、映画ではなくて「現実」なのですが、もともと世の中から来る情報なんて生命に関わらない限り、映画とたいして変わりはありません。)

 

 というわけで、おそらくこれから数年は、私にとって「B級現実ジゴク」の時代です。

 政治家が作り出す時代の雰囲気に対して、あまりに失礼な表現だという批判はあるかも知れませんが、これが私の感性である以上、どうにもしかたがありません。

 

 こういう時はしかたがありません。映画館の中にいるならば、アイマスクと耳栓をしてキャラメル・ポップコーンに専念?するとか、現実であれば、社会からの情報はテキトウにしておいて、自分にとっての楽しいことだけを考えていればいいのだと思います。

 

 私にとってはちょっと窮屈な時代ですが、映画はいつかは終わるかもしれませんし、幸い「自分」という人間の中には、私好みの「美しくて楽しい情報shine」がたくさんストックされてあり、そんなに心配はしていません♪

 

*^^*



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