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2013年9月

「エンデの遺言」と経済学の世界

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 私が「エンデの遺言」について知った時、政治や経済に関する知識はほとんどありませんでした。

 それでも「エンデの遺言」について知りたい、エンデの言葉を理解したいと思った時、とりあえず思いついた方法は「経済学を学ぶ」ということでした。

 

 「エンデの遺言」として得られた情報の中には、シルビオ・ゲゼルという経済学者の名前が出てきます。ということは、これはきっと経済学の話であろうと思ったのです。

 

 ところが実際に経済学という世界に触れてみると、どうも感触が違うのです。

 

 エンデがモモの世界に示していたような、働く人たちがゆったりと、時間どろぼうからぬすまれた時間をきちんと取り戻し、労働に誇りを持って人生を楽しみながら、生き生きと生活している世界が見えません。shine

 

 どちらをむいても、新聞やテレビのニュースで放送されているそのままの、企業の利益や環境破壊、そして財政破綻に金融危機や労働問題などが視界に入ります。

 

 世の中がどうも「灰色の男たちのけむり」に取り巻かれているように、明るい展望がまったく見えないのです。

 

 はじめは自分の目の前で講義をしている経済学の先生が、「そういう人」だからなのかと思いました。(過去に授業を受けさせていただいた経済学の先生方、本当にゴメンナサイ!!!

 

 目の前に立っている経済学の先生が、そういう経済社会を良しとする価値観を持っている先生だから、講義の内容もそうなってしまうのかと思ったのです。(実際にそういう先生も、いるにはいましたが…。)

 

でも最近は私にもようやく、そうではなかったのだということが、わかってきました。

 

というのはこの数年、私は経済学の先生とは比較的ご縁が良く、良い先生の講義や講演を聴く機会に恵まれていたのです。

 

私にとっての「良い先生」というのは、「有名である」という意味ではなく、お話に温かみと誠実さが感じられて、さらにまた講義の内容も充実している先生です。

 

そういう先生のお話は心に抵抗が起こらずに、楽しく聴いていられるので、あっという間に時間が過ぎ、こちらが充足感に満たされます。shine

 

そうした「私にとっての良い経済学の先生」からのお話に触れる経験を重ねているうちに、私の中でようやく「エンデの遺言」と経済学の世界の関係について、わかってきたことがありました。

 

現在のところ「エンデの遺言」は、経済学の世界には無いのです。

 

現在の時点では「エンデの遺言」は、経済学の世界の外にある。

 

どういうことかと言いますと、エンデが世の中に問おうとしたのは、「『お金』というものは、現在あるようなお金のあり方で良いのか?」という問いでした。

 

「現在あるようなお金のあり方」というのは、お金が労働の対価として支払われるだけでなく、金利や配当、売買差益など、お金それ自体が自らお金を増やした結果として、もとの持ち主に支払われることもまた当然と認める、現代社会のお金のあり方です。

 

お金は労働の対価であるだけでなく、自己増殖もするのが当たり前」という、お金のあり方です。

 

エンデはそこに疑問を感じていたのです。

 

お金はお金を生むものなのか?shine

 

そもそも「お金がお金を生む」ということは、現代の社会の中ではどういう結果を呼ぶものなのか?shine

 

お金とは本来、何だったのか?shine

 

いったいどうあるべきものなのか?

 

エンデはそういったことを世の中に問いたかった。

 

そうした疑問を解決するための思索のひとすじとして、シルビオ・ゲゼルの名前も出てきます。book

 

ところがこのシルビオ・ゲゼルの発想は、とりあえず私が持っている経済原論のテキストには出て来ません。(いちおう、ちゃんとした有名な私立大学のテキストです。)

 

どうやらゲゼルの主張というのは、経済学の世界ではまったく重要視されてはいないのです。

 

そうしたことから、私がようやく気がついたことがありました。

 
現代の経済学というのは、「お金がお金を生むのは当然のこと」という、お金の自己増殖を前提とした思考の上に成り立っているのです。

 

労働経済学も環境経済学も、「お金はお金を生む」つまり「企業は利潤を上げて、株主のお金を増やしてあげなくてはいけない」という、その制約からは抜けられない。

 

だから環境を守るのでも、労働者の生存を守るのでも、企業が利益を出せる範囲の中でしか、経済学の世界は解決策が図れない。

 

現代の経済学の世界では、世の中のいろいろな問題を解決したくても、なんとかしてお金の自己増殖は支えながら、その中で新しいアイデアをひねり出して行くよりほかにないのです。

 

ところがエンデが疑問を投げかけたのは、そうした経済学の世界の「前提」となっている「お金に対する認識」の部分でした。shine

 

だから「エンデの遺言」は、経済学の世界にはありません。

 

「エンデの遺言」は経済学の世界が成り立っている、その思考体系の土台の部分に疑問を投げかけているものだからです。shine

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本 : 「日本の『安心』はなぜ、消えたのか」(山岸俊男著)


 社会心理学の本です。

 

 とてもおもしろかったです。shine

 

 興味深く感じたトピックがいくつもありました。

 

 たとえば、他人に対する信頼感の話、それから集団内のいじめを防止しようとする話、そしてジェノア商人の話などです。

 

 この本を読んだことで、私は新しく考えるようになったことがいくつかありました。

 

 それは社会というものは、どうやら全員が善人でなくても「なんとかなる」らしいということです。

 

 もちろん社会の中には、悪い人はいないにこしたことはありませんが、例えば悪い人たちが少しぐらいいたとしても、その人たちが「悪いことをしにくい社会」にするのは可能かも知れないということです。

 

 そしてまた、社会がある方向に大きく動いていく時には、特定の主張を声高く掲げているような一部の人たちの言動の力ももちろん大きいでしょうが意外にも、その社会に属している「どちらでもいいかな」と考えている人たち、つまり「日和見主義者」にあたる人たちの行動というものは、とても重要な力になるということです。sun

 

 ほかにも考えるようになったこととしては、社会における法律や制度というものを上手く使うことで、ある程度ではあるかも知れませんが、社会の成員の行動を誘導的に促したり、その反対に抑制的に促したりすることもできるということです。

 

 ということは、社会における法律や制度を変えることによって、もちろん経済活動に関わる人間の行動にも、変化を与えられる可能性があると言うことです。shine

 

 このことは、私のように資本主義社会がキライ!であり、そしてもっと人間に優しい経済社会を目指していきたい者には、とても重要な情報です。

 

 読みやすい本ですが、私にとっては本当におもしろい本でした。book

 

 そして内容とはあまり関係がないかも知れませんが、この本は挿画がとてもカワイイです!heart

 

 本文の内容とマッチした、印象的でオモシロイ挿画がたくさん出てくると、ますます本の内容がおもしろくなってしまいます。

 

(本当は写真で公開したいところですが、著作権について考えることが面倒になってしまったので、挿画の写真は控えました。ちなみに挿画はタケウマさんです。)

 

*^^*

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