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2014年9月

私の健康のために、殴らせて?!

 最近、仕事が不調です。

 

 人間関係も、それから仕事の内容や職場の環境も、いろいろなことがストレスとなって、私を困らせてきます。sweat01

 

 「職場が悪い!」、というわけではありません。

 

 そうではなくて、おそらく私が自分の個性に合っていない職場にいるのです。

 

 ミス・マッチというか、それは職場にも私にもお互いに残念なことですが、どう考えても何かが合っていないのです。

 

 こんなことなら変にがんばらずに、早めにギブアップしてしまえばよかった、と思うのですが「後の祭り」です。sweat02

 

 最近は笑顔でいる時間も減ってしまい、美容と健康によくありません。

 

毎週、かろうじて平日を乗り越えているような状況です。typhoon

 

 時々、あまりにもいろいろなことを我慢し過ぎてしまった日は、早くも月曜日の夕方に職場を出た時からもうイライラ…。annoy

 

楽しくない気持ちをぐっとこらえて、さっさと帰ります。bomb

 

そして、そういう日はだいたい運勢まで悪いということもよくあって。sweat01

 

たとえば帰りに寄ったファストフード店でソフトクリームを頼んだのに…。

 

「お客様、申し訳ありませんが、今日は機械が壊れておりましてアイス類の販売ができません」などと言われると。

 

ショックが大きくて、その場で涙が落ちそうです!sweat02

 

(;;)

 

あきらめてアイスコーヒーでガマンして、とにかく帰ることにしました。

 

 歩きながら思います。イライラしているのでお煎餅かなにか、バリバリ、気分がすっきりするお菓子を食べたくてたまりません。

 

 「家に帰ったら、買い置きの柿の種をいっぱい食べてやる!」と、半泣き寸前の気持ちで思います。thunder

 

 歩いているうちに、ますます思います。

 

 「ああ、割ってもいいお皿があったら、スーパーの袋に入れて、思いっきり床に叩きつけて割ってやるっ!」。

(「学年ビリのギャル1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話の本を参照のこと。)


(↓こちら!)

 

 家に着くまでにまだまだ、考えます。

 

 「どこかのメーカーで、ストレス発散用に叩き割り用のお皿のセットでも生産してくれないかな。百円ショップかどこかで売っていればいいのに」。flair

 

 「あ、でもわざわざ買って割っていたら、ストレスがたまるたびに高くついちゃう」。

 

 だんだんおかしな方向に、考えが進みます。

 

 「ああ、そうだ! 抱き枕ぐらいの大きさの、シリコン製のワラ人形とかがあればどうかしら? ちょうどいい弾力で、私が思いっきりぶん殴っても、私の方は少しも痛くなくて、でも人形の方はちゃんと殴られてくれるやつ」。flair

 

 「そうしたらもう、ぼっこぼこ!に殴りつけてやるわ。嫌いな人の名前とか、そのワラ人形に貼って、もう絶対にゆるさない!」。punchpunchpunch

 

 考えているうちに、頭の中でぶん殴りたい気持ちが高まってきました。

 

 思いっきり殴りつけてやったら、どれほどすっきりするでしょう?shine

 

 私の健康のためには、絶対にいいはずです!sun

 

 「どこかのメーカーで作ってくれないかな。けっこう売れるんじゃないかしら?」。

 

 だんだん、楽しくなってきました。shine

 

 「そうしたら、怒っている間はぼっこぼこ!に殴って殴りつけてやって。そして、こっちがくたびれるぐらい殴り終わったら、くるんっ!って、そのワラ人形を裏返すの。flair

 

 そうしたら裏側はうって変ったニコニコ・スマイルでできていて、どこか顔の近くとかに、『気はすんだかい? ボクはいつでも、キミの味方だよ♪』とかって書いてあれば?heart

 

もう最高! 包容力もあって、超癒し系ワラ人形じゃない?!!!heart02」。

 

 そのあたりでようやく、家に着きました。

 

 そのまま小袋の柿の種を2袋、バリバリ食べました。thunder

 

 それで思ったのですが、やっぱりシリコン製のワラ人形shine

 

 あったらいいな♪と思います。shine

 

 だんだん「ワラ人形」スタイルでなくても、よくなってきました。

 

 たとえば強烈なピンク一色とか、水色一色とか、可愛い色で。(笑)

 

 それならば殴り終わった後に癒されて、トモダチになれるかも?shine

 とにかく「私の健康のために、殴らせて!」です。punch

shine\(^0^)/shine


 せっかく新しいカテゴリーを作ったのですが、第1回目はなんだかとんでもない内容になってしまいました。sweat01

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スコットランドが見ている経済のビジョン

 今朝(21日)たまたま見ていたテレビ番組で、スコットランドの独立について話していました。

 

 出演者によると、スコットランドとイングランドは、未来に見ている経済のビジョンが違うのだそうです。

 

 イングランドは現在の、どちらかと言えば新自由主義的な経済社会を目指している。

 

 それに対してスコットランドは、もっと労働者が大切にされる、福祉国家を目指しているそうです。

 

 その話を聞いた時はじめて、「スコットランドが本当に独立するというのも、いいのではないか?」と思いました。

 

 昨日までは、ひとつの国が独立するということは、やはりいろいろ大変だろうなと思っていました。

 

 それならばイギリス政府に、経済的に配慮を求めて、あえて独立などしなくても、そのまま折り合いをつけておく方が、上手なやり方ではないかと思っていたのです。

 

 ところが目指している未来のビジョンが違うとなれば、話は別です。thunder

 

 夫婦で言えば、「嫌なところもあるけれど、まぁ、別れるほどでもないし、このままでもいいんじゃない?」という話ではなく、もっと深刻です。

 

 両者が目指している未来が違うとなれば、それはもう無理をして一緒にいるよりも、早めに別れて、それぞれの未来を目指していく方がいいと思います!

(↑妙に力が入ってしまいましたsweat01

 

 いつまでも一緒にいたって、両方が幸せになれるということは、まずありません♪

 

*^^*shine

 

 幸いスコットランドには油田があるので、時節が到来したら、一気に独立ということもあるのかも知れません。

 

 目指している経済のビジョンで考えれば、イングランドは新自由主義を推し進め、これからも地方や弱者に冷たい経済を目指すでしょう。

 

そしてスコットランドの場合は、「そのように扱われることが嫌だから、独立する」という格差に対する抵抗ではなく、もっと根本的「自分たちはそもそも、そういう国ではなくて福祉国家がいいから独立したいんだ!」ということです。shine

 

 そうなるとこの両国は、絶対に折り合わない。

 

 「スコットランドは福祉国家になりたいから、イギリスから独立したい」という、この話を聞いた時は、衝撃を受けました。impact

 

そのようなカッコいい独立の理由は、聞いたことがありません!thunder

 

 単純な私はドキドキしながら、一気に応援したくなりました♪heart01

 

 ↓リンク先は、ネット上で見つけた記事です。今まで興味がなかったイギリスの経済について、とても関心をかきたてられました。

 

http://bylines.news.yahoo.co.jp/bradymikako/20140914-00039090/

 

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新自由主義による格差と独立運動

 昨日のNHKのニュースでは、もちろん、スコットランドの住民投票について放送されていました。

 

 ところでこのスコットランドの独立を問う住民投票ですが、私もやはり「どうして今さら?」と思っていました。

 

 番組の中にもありましたが、イギリスのような先進国であれば激しい人権侵害もなさそうですし、だいたい過去を考えれば、おそらくもう数百年ぐらいはイギリスの一部として、それなりにうまくやれていたはずです。

 

 それなのにどうして、今頃独立を?

 

 スコットランドの人たちはイギリスに対して、いったい何がそれほど嫌になってしまったのか?

 

 番組では、そのことについても説明していました。

 

 それによると、過去300年もイギリスの一部となっていたスコットランドの人たちが独立を主張するようになったのは、背景に経済の問題があるのだそうです。

 

 大雑把にまとめますと。

 

 1980年代にサッチャー首相が進めた経済政策によって、イギリスでは都市部と地方で大きな経済格差が生まれ、地方の不満が高まっていた。

 

スコットランドでは1980年代に多くの炭鉱が閉鎖され、その後、それに代わる産業が生み出されていないので景気が悪く、現在では17歳から24歳までの若者の失業率が17%にもなっている。thunder

 

 スコットランドからしてみると、ロンドンのシティなどが金融で豊かになっていることも不満であり、また地理的には北海油田を抱えているのに、その恩恵をイギリスに奪われているという不満もある。

 

 と、だいたいそのようなことでした。

 

 やはり経済の問題だったのだという気はしていたのですが、それにしてもサッチャー首相の支持していた新自由主義というものが、ひとつの国家(連合王国とはいえ)にもたらした影響に驚いてしまいました。

 

 新自由主義というのは、格差が拡大して当然の経済思想と私は考えているのですが、今まで私が考えていたのは、すべて「その経済圏の中で、格差が生まれる」という、そこまででした。

 

 ところがイギリスの場合は、たまたまその経済圏の一部が民族意識の強いスコットランドであったために、不満の高まりから独立運動が起こってしまったのです。

 

 (番組の見解が正しいとすれば、です。)

 

 新自由主義というものが、どれほど激しく格差を生み出すものなのか。

 

 たまたま日本やアメリカは、それほどの強い民族意識や地理的な状況も整わないので、人びとはおとなしく格差を受け入れて我慢をするけれど、もしもスコットランドのように独立心の強い人たちが格差にさらされ、そして、たまたま資源も持っていたりすると、その人たちは独立を考えてしまうのです。

 

 そうしたら大きかった国家は、それまでよりも小さくなり、それは何よりもイギリス自体の損になります。

 

 新自由主義というものは、国家を繁栄されるどころか、格差を「押し付ける」相手を間違えると、反対に国力を弱めてしまうこともある?

 あまりにも思いがけなかった展開に、すっかり驚いてしまいました。sign01


 それにしても、スコットランドという土地ですが…。

 

 昨日の放送でアダム・スミスの銅像をはじめてみました。shine

 

 それから経済史か何かで出てきたグラスゴー。

 

 私は思わず頭の中で、「マンマ・ミーア」で歌われていた「スーパー・トゥルーパー」が浮かんでしまいました。shine

 
たしか、グラスゴーから電話をするのです…。karaoke

shine(^^)shine


↓リンク先はNHKの18日の放送の内容です。

http://jcc.jp/news/8755767/

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集中が解けて…

14056__2

 三連休のある日、緑がたくさんある公園に出かけて行きました。

 

 このところとても忙しかったので、久々に自然の中で過ごせることが、うれしくてたまりませんでした。shine

 

 ひとりで出かけて行ったので、ずっと手をつけられずにいた経済の本のコピーや、このところお気に入りの「思い出のマーニー」と、それからブログ用のアイデア・ノートや、普段のノートなど。

 

 欲張って、いろいろ持って行きました♪

 

 経済の本のコピーは、2か月ほど前から置きっぱなしになっていたものです。

 

 芝生の前のベンチにすわって、ライン・マーカーで線を引きながら読んでいると、とてもおもしろい!

 

 「こういう言い切り方は、カッコいい!」とか、「著者はそういう風に考えたのね」とか。

 

それから、「そうそう、私もそう思う!」とか、「ええっ、そんな考え方は知らなかった!(ステキじゃない?!)shine」とか。

 

ひとりでけっこう忙しく(?)、すっかり集中して読みました。

 

しばらくして頭が疲れてきたので、切り上げました。

 

その途端、集中が解けて、気がついたら蚊に刺されていた手足が一気にかゆくなり…。

 

そのかゆいこと、かゆいこと!sweat01

 

塗り薬を忘れてしまったので、しばらく大変でした。

(><)

 

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言葉の使い方と、差別、偏見について

 ひとつ前に書いた「チョコレートドーナツ」という映画の記事で、後になってから、自分の言葉の使い方が気になった部分がありました。

 

 映画の中でルディとポールは、「ゲイであるから、マルコの監護権は認められない」という見方にさらされるのですが、この見方への反論として私は、

 

 「ルディとポールはゲイのカップルであっても、(マルコの良い親になれる)」という書き方をしました。

 

 でも後になってから、「この場合は、(小さな違いかも知れませんが)『ゲイのカップルであるとしても』という表現の方が、自分の心に近いのかな?」と思いました。

 

 どちらも、たいして差はないかもしれません。

 

 でも「ゲイのカップルであっても」と書いてしまうと、まるで私も「ゲイのカップルであるということは、良くないことだ」と思っているような表現になりそうな気がします。

 

 そうは書きたくない。

 

 だから「『ゲイのカップルではあるとしても』、という言葉の方がいいのかな?」と、思ったのです。

 

 それでもやはり、私が「ふたりがゲイ(のカップル)であるということを、悪いことだと思っている」と思われてしまうかもしれません。

 

でも「ふたりがゲイである」ということは、映画の中でも本当のことです。

 

それ以上、言葉を変えていくことは、今度は表現が難しい…。

 
「ゲイではあるとしても」とういう言葉に変えれば、それは「ただの事実である。(私はべつに、それを悪いとも、悪くないとも思っていないけれど。)」という感じに近くなるかもしれないと思いました。

 

本当は「ゲイである」という、そのことに視点をあてたそのことそのものが、そもそも「差を意識している」ということではあるのです。

 

ただ、そこにもちょっと階層があるような気がします。

 

たとえば「実際に差があるから、それを言葉にしただけ」という場合と、「実際に差があって、その差を意識すること自体が、そもそも失礼なことである」という場合があると思います。

 

たとえば、男性と女性は明らかに違います。

 

でもそこに「女性であるから、男性よりも劣っている」という考え方が根底にあって、その上で、会話の中で「あなたは女性だ」ということを意識化させたら、それは会話の中でそのことを言葉にしたこと自体が、女性に対して失礼だということになると思います。

 

言われた方は、「今は、そのことは関係ないじゃないか? どうしてそのことを、この場面で言うんだ?」と思います。

 
でも「男性と女性で違いはあるけれど、どちらもまったく対等だ」とされている場面で、そのことを言われても、べつに問題にはならないと思います。

 

そんなことを考えているうちに、「差別、偏見って、何だろう?」と思うようになりました。

 

「チョコレートドーナツ」の映画から考えてみたのですが、

 

「だれそれは○○だから、△△に違いない」という、決めつけが「偏見」ではないかと思いました。

 
映画で言えば、「ふたりはゲイだから、マルコに性的な悪影響を与えているに違いない」という決めつけです。

 

(この場合は、「マルコが嫌がるようなこと」と、少し無理をして話をまとめてみます。)

 

ふたりがゲイであることは本当ですが、マルコに性的な悪影響を与えているかどうかは、別の問題です。

 

「だれそれは○○である」という言葉の前半と、だから「△△に違いない」という言葉の後半は、別の問題なのです。

 

 それなのにそこを事実もたしかめずに、「○○だから」という思考で決めつけてしまうこと。

 

 それが「偏見」なのだと思いました。

 そして差別というのは、「○○だから、□□はさせない」という、行動に対する不当な制限のことだと思います。

 

 たとえば「ふたりはゲイだから、マルコの監護権は認められない」という、制限です。

 

 ここには、ふたりがマルコの監護権を得ることについて、その適性があるかどうかを考えようともせずに、「はじめからだめだ。(たとえ適性があっても、だめだ! その理由は、ふたりがゲイだからだ!)」という、考え方です。

 

 「チョコレートドーナツ」という映画はとても良い映画だったので、見てからずいぶんたつのに、いまだにその印象が忘れられません。shine

 

 だから、少々変わった関係だとしても、ポールとルディとマルコの幸せをかばってあげたくて、いつまでもいろいろ考えてしまいます。heart

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法律なんか、道具でしかない

チョコレートドーナツ」という映画を観てきました。shine

 

http://bitters.co.jp/choco/index.html

 

 ゲイのカップルとダウン症の少年が、家族となって暮らすお話です。

(この先ネタバレしています。ご注意ください。)

 

 ショーダンサーのルディと弁護士のポールは、出会ったばかりのゲイのカップルです。

 

 出会ってすぐにルディは、母親が麻薬中毒でいなくなってしまったダウン症の少年、マルコと知りあいます。

 

 マルコの母親は、薬物所持で逮捕されてしまったのでした。

 

 ルディとポールはふたりの関係を「いとこ(従兄弟)」と偽り、マルコの母親から服役中の暫定的監護権を得て、正式にマルコと暮らし始めます。

 

 三人での生活は穏やかな優しさに満ちていて、とても楽しいものでした。shine

 

 ところがふたりがゲイのカップルであることが周囲に知られてしまい、関係を偽ったことが原因で、マルコは家庭局に連れていかれてしまいます。

 

 マルコと再び一緒に暮らすため、ふたりは裁判に挑むのですが、ゲイへの偏見に満ちている周囲の見方は厳しいものでした。

 

 それでも粘り強く、裁判を乗り切っていこうとするふたり。

 

 ところがゲイに強い偏見を持っている検察官の司法取引により、マルコの母親が刑期を短くされて出所して、マルコの永久監護権を申請します。

 

 実母の申請を前にして、ふたりにはもう法的な勝ち目はありませんでした。

 

マルコは母親のもとに送られます。

 本当は、ふたりと一緒に居たいのですが…。

 

 マルコを本当に愛しているのは誰なのか?

 

 ルディとポールにとっては、マルコにめがねを買ってあげることも、マルコを学校におくってあげることも、マルコが上手に歌えるようになることも、そして毎晩マルコに眠る前のお話をしてあげることも…。

 
マルコと一緒にいる何もかもが、楽しい時間でした。shine

 
ゲイのカップルであってもふたりはもちろん、子どもであるマルコに性的な悪影響を与えるようなこと(性行為など)は決して見せないし、マルコには温かく家庭的な住環境を整えて、マルコの心を大切にしながら育てていたのです。

 

 興味深いことに愛情を仕事にしている人たちは、マルコの両親であるふたりがゲイのカップルであることを、それほど問題であるとは考えませんでした。

 

 学校の先生や家庭局の職員はマルコに会えば、わかったのです。

 

マルコが落ち着いて、幸福そうであるということは、ふたりがとても良い両親なのだということが。shine

 ふたりがゲイであることにこだわったのは、マルコに会うこともなく裁判に関わった人たちでした。

 

 なかでもゲイへの激しい偏見を持っている検事は、マルコの幸福など視野に入っていないかのように、執拗に裁判の論点をゲイへの攻撃に誘導します。

 

 ルディの歌を聞かせるために、マルコをルディの職場である営業時間外のゲイバーに連れていったこと。

 

ハロウィンの時に3人で仮装をした時に、たまたまルディが女装をしていたこと。

 

 3人の中ではまったく自然にそうなったことにさえ、それらをいちいちマルコへの有害な行為として、巧みに法廷で言葉を引き出します。

 

 母親が永久監護権の申請をしたことで、法律ははっきりと母親に勝利を与えました。検事もまた、勝利を得たと言えるでしょう。

 

 ところがこの判断は後になってから、マルコに大変悲しい結末をもたらします。

 

 マルコを引き取った母親は、家に連れ込んだ男と性行為をするために、部屋の片隅にほったらかしにしていたマルコを、部屋から廊下に出させます。

 

 ひとり廊下に出されたマルコには、ルディもポールもいませんでした。

 

マルコはそのまま、夜の町に歩き出していってしまいます。

 

偏見に満ちていた正義感は、ひとつの幸せをうち砕き、ひとつの生命をもまた壊してしまうのです。

 
この映画の見どころはもちろん「愛」ですが、私は法廷のシーンも印象に残りました。

 

 「法律は、それ自体ではただの道具にしか過ぎない」と思います。

 

 刃物が料理に使われ、同時に人を傷つけるための道具にもなり得るように、法律も単なる道具に過ぎません。

 

 善い人が使えば誰かが守られ、悪意のある人が使えば誰かが傷つけられてしまうのです。

 
この映画は、
結末は悲しい映画ですが、不思議と心に残るのは温かな印象です。shine

 

ルディを演じたアラン・カミングが最後に歌う「I Shall Be Released」が心に響きます。shine

 

 ほかにも「Come To Me」など、素敵な音楽がたくさんありました。shine

 

http://www.youtube.com/watch?v=aJM3prwlQKE

 

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コンビニ・スィーツの有難味♪

 7月頃から、運勢が乱気流です。typhoon

 

 襲い掛かる荒波を勇ましく(?)乗り越えても、それなのにまた次の荒波が?!、という感じで、けっこうハードな毎日です。

 

 7月にストレスで体調を崩したばかりなのに、8月もまた、今度は別のストレスで体調を崩してしまいました。

 

 幸い精神力だけは強くなっているので、気持ちは少しも負けていません。

 

 私をいじめた相手には、きちんと「それなりの仕返し!」をしてやりました。thunder

 

 それは、そうするよりほかに、自分を守る方法がなかったからなのですが…。(笑)

 

 でも本来「草食系性格」なのに戦ってしまったので、身体のエネルギーは電池切れしてしまいました。

 

 その結果、問題は解決したものの、8月も2日ほど室内でぐったり寝込んでしまいました。

 

 その日はさんざん眠った後、ようやく少しだけ買い物に出かけました。

 

 とても暑い日だったので、出かけた先で思いました。sun

 

 「何か、冷たくておいしいスィーツが食べたいけれど、どうしよう?」と。

 

 フルーツの味がする冷たいスィーツが食べたいのですが、思いつくアイデアがどれも「いまひとつ」です。

 

体調が悪いので、遠くまでは行かずに満足したいのです。

 

 近くで満たせる方法はないか?と、考えます。

 

 でも、かしこまった喫茶店のかき氷というのは、美味しそうだけど気が重い。

 

 かといって、ファミレスのパフェでは大味過ぎ。

 

 できれば白桃とか、ぶどうやマンゴーの美味しいパフェが食べたいな♪、など。

 あまりにも暑い日で、考えているうちにもどんどん体力を消耗してしまいます。

 あきらめて帰ることにしました。

 

 ところが帰り道、ふと立ち寄ったローソンのアイスクリーム売り場で、その時の私にうってつけのスィーツを発見しました。sign01

 

 「温めて食べるフローズンドリンク『ウチカフェフラッペ』」のマンゴーです!

 

http://www.lawson.co.jp/company/news/088361/

 

 このような商品があることを、私は知りませんでした。

 

 「本当にレンジでチンするの?」。

 

 手に取った時は半信半疑でしたが、想像してみると「イイ感じ♪」そう。

 

 おそらくちょうど良い食感で、味わえる?!

 

 値段も税込210円ですから、お手頃です!

 

 早速買って家まで帰り、「慎重に!」レンジでチンします♪

 

(とても暑い日だったので、温め過ぎると一気に溶けて、ただのジュースになってしまうかもしれなかったのです。笑)

 

 その味は…。

 

 予想したとおりの美味しさです!!!shineshineshine

 

 クーラーを入れた室内で、辛くなったらいつでもぐったり、「私は、お布団に倒れ込んでもいいんだ~♪」という安心感と一緒に味わいます。

 

 「コンビニ・スィーツって、素晴らしい!」。

shine\(*^0^*)/shine

 

 もともとローソンのウチカフェ・シリーズは好きなのですが、この時ほどコンビニ・スィーツの有難みを感じた瞬間はありませんでした。

 

 体調が悪かったからこそ、普段はそれほど意識しなかった、コンビニ・スィーツの便利さを強く感じることができたのです。

 

 このようなことを書いていると、「経済のブログなのに、まったく関係がない!」とご不評をいただいてしまうかも知れません。

 

 でも私が書きたいのは、単純に「ローソンのウチカフェフラッペが、便利で美味しい!」という話ではないのです。(←言い訳?)(笑)

 

 経済の本質は、「モノ作り!」です。

 

 モノ作りをして、消費をする人を幸せにしてこそ、経済活動です。shine

 

 その日、ウチカフェフラッペは体調が悪かった私にも、絶妙な食感の幸せを与えてくれました。

 

 世の中には、いろいろな状況や事情の人がいて、その人たちが置かれている状況によって、便利な品物は変わるのです。

 

 だから世の中には、たくさんの種類の商品があるといい♪

 

 さまざまな人のニーズを満たせるように、さまざまな商品が開発されればいいと思います。shine

 

 こうしたことに気がつく楽しさこそ、経済を観察することの醍醐味ではないかと思います。shine

 

 それにしてもコンビニ・スィーツは、いろいろステキです♪

 

 ちなみに私は、ミニストップの贅沢ぶどうソフトも大好きです♪

 

http://www.ministop.co.jp/syohin/sweets/softcream/budou.html

shine(*^ ^*)shine

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