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「言葉が、あまりきれいでない社会」に生まれてくる子ども

 言葉にはけっこう敏感な方だと思います。

 

 これは以前、熱心に信仰していた宗教の影響もあるのですが、日頃からなるべく音と、それから意味がきれいでない言葉は避けるようにしています。

 

 そういう言葉を使ったり、聞いたりしていると、まるで自分の心まで汚れてしまうような気持ちがするからです。

 

 ところがそうして生活していると、ほかの人の使っている言葉が、とても気になってしまう、という時があります。

 

 だからなんとなく、言葉がきれいでない人や集団からは、距離を置くことになってしまいます。

 

(ちなみに、ここで言う「きれいでない言葉」というのは、攻撃的な言葉とか、人をばかにする言葉、罵る言葉などが多いです。単なる庶民的な言葉というのは、それほど気になりません。)

 

 そして、そういう生活をしていると、これもまた時々ですが、「言葉がきれいでない社会に生まれて来る子ども」というのは、とても可哀そうなのではないかと考えてしまいます。

 

 子どもたちは、本当は「もっと、きれいな言葉の方がいいよ(涙)」と、思っているのかも知れない、などと考えてしまうのです。shine

 

 でもよく考えたら、「言葉がきれいでない社会」に生まれてくる子どもというのは、案外その子も素直に、「言葉がきれいでない大人」に育っていくのかも知れません。

 

 そうなれば、自分が「言葉がきれいでない社会」に生きているということも、まったく気にならないかも知れないのです。

 

 だから最近は、「実際には、それほど可哀そうでもないのかな?」などとも、思うようになりました。

 

 でもやはり、と、考えは先に進みます。

 

子どもと言っても一様ではないわけですから、そうなると、生まれつき言葉の感覚が鋭くて、美しい言葉を好む子どもなどは、言葉がきれいでない社会に生まれてきてしまうと、ずいぶん居心地が良くないことだろうなと思います。

 

 子どもの感性というのは、けっこうあなどれないものだからです。

 子どもたちの中には生まれつき、詩人の素質のある子もいるでしょうし、文学の素質のある子供もなどもいると思います。shine

 

 そういう子どもたちのことを考えると、やっぱり「言葉がきれいでない社会」に生まれてくる子どもというのは、可哀そうなのかな?と思います。

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