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2015年3月

企業の中の「見えない資産」(人的資産)

 昨年の秋に知ったばかりの「人的資産会計」。

 

 某私立大学の学生さんに、短時間(わずか数分!)で、すご~くざっくり!ですが、教えてもらいました。(笑)

 

 その時の説明にあった例が、例えば企業の中の、社員に対する教育訓練費。

「これは、費用なのか?

 
それとも、人間に投資していると考えて、資産に計上するべきものではないか?」

 

 というお話。

 

 聞いている時には「なるほど…」と思いながらも、「でも、なんだか不思議?」という気持ちが拭えませんでした。

 

 ところが「バランスシートで読みとく世界経済史」の本(の第10章)を読んで、複式簿記には「金額がついているものしか、表示ができない」という限界があるということを知り。

 

そして「実は、私たちの世界には、金額がつけられないために、複式簿記では表現することのできない、たくさんの資産が存在しているのだsign03」ということに気づいた今は、わかります。shine

 

 まだ、なんとなく、漠然としてはいますが…。

 

 「人的資産dollar」というのは、おそらく「人間の、仕事をする能力」のことだと思います。shine

 

 通常の資産を取得する時のように、取得時の支払いが起こらないので、取得時に金額が現れず、そのため、バランスシートに表すことができない資産です。

 

 でも教育訓練などによって、支払いが起こる時には、お金の移動と同時に、仕事の能力が高まるわけなので、その時に資産の増加として、表現したくなります。

 

でもその時には、もともとバランスシート上に表現できずにいた、「人間が持っている、仕事をする能力」という資産の増加になるので、「もともとの資産がないのに、いったい、どうやって増やす?sweat01」という話になるのだと思います。

 

 本当は、「もともとの資産がない」のではなくて、企業の中には存在しているけれど、バランスシート上には「写し出せていない」というだけなのですが…。shine

 

 どちらにしても、通常の方法(取得時の支払額で、資産として計上するという方法)ではバランスシートには現れない資産なので、「見えるような、見えないような…?」という、とても不思議な気持ちにさせられる「資産」です。

 

 このあたり、複式簿記の限界に気づいていないと、「ちょっと、マジックみたい?!」と思えるので、とてもおもしろい世界です♪

 

shine\(*0*)/shine

 

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本 : 「すべての経済はバブルに通じる」(小幡績著)


 一昨年の5月頃に読んだ本です。

 

私は、マネー経済に関する本は、あまり好きではありません。

 

でも、この本は、いろいろな意味でとてもおもしろかったです。

 

 私にとっては、マネー経済について、こんなに気持ちよく理解させてもらえた本は、はじめてでした。

 

 繰り返し書きますが、私はマネー経済というものは、「何も生産していない経済」なので、嫌いです。sign01

 

 でもこの本は、おもしろかったですし、途中で気持ち良く笑わせてくれたので、好きです♪

 

 何よりも、著者のマネー経済に対する、「正直な見方」が、気持ちが良かったと思います。shine

 

horse*^^*dollar

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木っ端仏(こっぱぶつ)に思う、経済のあるべき姿

 週末は、横浜そごう美術館の「円空・木喰展」に行ってきました。

 

 「微笑みに込められた祈り」というテーマのそのままに、たくさんの微笑んでいる仏像に出会えた展示でした。shine

 

 展示の中で私が最も好きになったのは、円空さんの「木っ端仏(こっぱぶつ)」という種類の仏像たちでした。

 

 木っ端仏というのは、板切れに、目、鼻、口をつけただけの像なのだそうです。

 

 図録によりますと、円空さんの場合には、「捨て去られるような木片に、最小限の彫刻で、拝まれるような尊像に変容させる」ということが、その特質としてあげられているのだそうです。

 

 見てみるとなるほど、本当に小さな木のかけらに、最小限の顔がシンプルに刻まれているだけです。でも、それだけなのに、その木片はもう、ひとつの「仏さま」のお顔をしています。

 

 しかもその表情は、とても美しい…。shine

 

 見ていたら、「本当に、日本のアートなんだな」と感じさせられました。

 

 木っ端仏の大きなものでは、自然の木片の形が、そのままはっきりと生かされていて、そこに、まったく調和した形で目、鼻、口が刻まれているのです。

 

 その板切れは、まるで最初から、その仏像になるためにあったのではないかと思われるような、自然さです。

 

 私はもちろん、それほど芸術に興味があるというわけでもなく、西洋やあるいは東洋の芸術についても、よく知っているというわけではありません。

 

 でも、その時はどうしてか、「ああ、これこそが、日本の芸術なのだ」と思いました。shine

 

 そこには、西洋の思考や芸術のように、人間が力を入れて、何かを新しく造形してゆくという姿勢でなく、その反対に、もともと本来ある自然の姿に、人間の方が限りなく寄り添っていくことで、どうしてか「本来、あるがままの美しさ」が現れてくるという、日本の美の姿勢を感じました。

 

 木片だった仏さまたちは、どれも慈しみにあふれた表情で、見ていて本当に癒される展示でした。shine

 

 ところで、この記事をこのブログに書きたくなったのは、私が心に観ている経済の在り方が、「人間に無理を押しつけない経済」というものだからだと思います。

 

 人間がそれぞれの自然に沿って、誰も無理をすることなく、のびのびとその能力を発揮し、協力し合いながら、豊かで、楽しい社会を作っていく。

 

 そのためには、経済をどうしても、資本主義という歪みから解き放たなくてはいけません。

 

 資本主義は、どうしても人間の自然な生き方を制限し、人間の悪い面ばかりを引き出してしまいます。

 

 木片を、そのまま仏さまの微笑みに変えるように、人間の生産能力をそのまま、社会に花開かせて、繁栄してゆける社会。

 

 もしも、資本主義経済を終わらせて、そういう社会を作れれば、その時は社会に生きる人々が、それぞれが優しい微笑みを心に抱いて、生きられることだろうと思います。shine

 

 リンク先は、木っ端仏の画像の検索結果です。
https://www.google.co.jp/search?q=%E5%86%86%E7%A9%BA%E3%80%80%E6%9C%A8%E3%81%A3%E7%AB%AF&biw=1366&bih=565&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=r2ARVf2OCsGA8gXv7oDQCg&ved=0CBwQsAQ&dpr=1#tbm=isch&q=%E5%86%86%E7%A9%BA%E3%80%80%E6%9C%A8%E3%81%A3%E7%AB%AF%E4%BB%8F

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多岐川さんの経営コンサルティングは、失敗していると思います♪

 少し前に、放送が終わってしまった「限界集落株式会社」。tv

 

 とても良いドラマだったと思います。shine

 

 ところで、このドラマを見ていて思ったのですが、ドラマの中の、経営コンサルタントである多岐川さんの経営コンサルティングは、「失敗している」と私は思いました。

 

 いったいどういうところが、「失敗している」と思うのかを書きますと…。

 

 多岐川さんは途中で、事業の拡大に夢中になり過ぎて、農家に負荷をかけ過ぎてしまうのです。

 

 その結果、農家の人たちには疲労がたまり、畑で倒れてしまうとか、あるいは農産物に散布する液体を間違えるという、大きなミスが起こりました。impact

 

 これは、経営というのはもともと、お金や数字だけが良ければいいというものではなく、実際に財やサービスを生産する実体があってこそ、お金や数字が動くのだという現実を、正しく認識していないために起こるミスだと思います。

 

 ひとつの企業で言えば、財務諸表を良くすることに夢中になり過ぎて、企業の実体である生産の現場に負荷をかけ過ぎてしまい、実体のある財やサービスの世界でミスが起こってしまったという状態です。

 

 経営というのは、実態のある財やサービスの生産を行いながら、その結果、その状態を金額で写し出している財務諸表を良くしていくという行為、と言えると思うのですが、財務諸表に現れている数字に夢中になり過ぎてしまうと、実体のある財やサービスの世界がおろそかになってしまいます。sweat01

 

 ドラマの中の多岐川さんは、そういう失敗をしていたと私は思うのです。

 

 そしてその失敗はまた、見方を変えると、まるで家庭の中で節約をし過ぎていた奥さんが、あまりにだんなさんのお弁当のおかずを節約し過ぎた結果、とうとうだんなさんが身体を壊して、働けなくなってしまうという失敗とも、通じていると思います。sweat01

 

(書いていて、あまりにイタマシイ失敗なので、現実にはこのような出来事は、絶対に起こっていない!と信じましょう♪)

 

 家庭にとって、(たいがいの場合ですが)だんなさんは大切なお金の稼ぎ手です。

 

 そのだんなさんの健康が壊れてしまうと、家庭には労働力を売る力がなくなってしまい、お金を得ることそのものができなくなってしまいます。

 

 「だんなさんが健康であること」というのは、家庭にとって、絶対に失ってはいけない資産なのです。shine

 

 ドラマの話に戻ると、「農家が健康でいられなくなってしまう」という状態は、企業の中で絶対に失ってはいけない資産を失いつつある、という状態です。sweat01

 

 だから、多岐川さんの経営コンサルティングは、けっこう大きな失敗をしていると私は思います。

 

 ひとつは、結果として現れる数字にとらわれ過ぎて、現実の財やサービスを生産する世界で、生産におけるミスを起こしてしまったこと。sweat01

 
もうひとつは、やはり数字にとらわれ過ぎて、企業の大切な資産である「農家の健康」を失いかけたこと。sweat01

 
どちらも経営コンサルタントとしては、大きな失敗ではないかと思います。sweat02

 

 でも、このドラマはもともと、思考が柔軟な経営コンサルタントの多岐川さんと、パワーと実直さはあっても、頭の中が常識的であるために、迫り来る現実を前にまったく動けなくなっていた農家の人たちとの、奇妙なコラボがいい味を出しているドラマです。heart

 

 多岐川さんの失敗は、ほとんど目立ちません。

 

shine*^^*shine

 

 そして、多岐川さんが来てくれたことで、追い詰められた限界集落に、新しいチャレンジが生まれました。shine

 

 そのチャレンジは、ひと時だけのものではなく、村の人たちの心を大きく前向きに変えました。sun

 

 食品偽装の疑惑で事業は大きなダメージを受けますが、それでも「まだ、負けるって決まったわけじゃねぇ!punch」と言って乗り越えて行こうとする農家のパワーは、財務諸表には現れない大きな「資産」です。shine

 

 多岐川さんは追い詰められていた限界集落に、大きな「見えない資産」ももたらしたのだと、私は思います。

 

shine*^^*shine

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社会主義国の仕組みが知りたい♪

 3月15日の夕方のニュースで、キューバのことを放送していました。tv

 

 社会主義国の仕組みには、とても興味があります。

 

 ところが社会主義国の仕組みについては、驚くほど情報が少なくて、なかなか知ることができません。

 

(抽象的な言葉で、思想的な話が書かれてある情報は、わりとよく見かけるのですが、具体的な社会の仕組みについての情報は、少ないと思います。)

 

 その時の放送で知ったのですが、キューバでは基本的に「すべての労働者は公務員」なのだそうです。

 

 なるほど!、でした。

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第10章をどう読むか?


 「バランスシートで読みとく世界経済史」というこの本は、第10章をどう読むかによって、本全体の印象がまったく変わってきてしまう本だと思います。

 

 複式簿記というものを、従来の枠組みの範囲で、「金額で表示されるものだけを対象とする」という考え方でとらえていると、この第10章は、ちょっと「きれいごと」のような感じで、リアリティがないものとして感じられると思います。

 

 でも、複式簿記というものを、従来の枠組みにとらわれずに、その意味について思いめぐらして来た人は、この第10章で思いがけない気づきを得て、環境会計という新しい発想に、ちょっとドキドキしてくるのかも知れません♪

 

shine♪(*^^*)♪shine

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「見えなかった星々」の海の中で…(「測定されない資産」について)

「バランスシートで読みとく世界経済史」の第10章を読んだ時、私の中には衝撃的な変化が起こりました。shine

 

 以下、記してみます。

 

 環境会計というものに触れた時、はじめは著者の言いたいことが、わかりませんでした。

 

 私の中にはまだ、環境というものを資産としてとらえる見方がなかったのです。

 

 読み進めていくうちに、著者の言いたいことがわかってきました。

 

 バランスシートというものは、貨幣による金額で価値を測定できるものしか表示できず、それゆえに、バランスシートの外側には、貨幣による金額では表示されない資産が存在しているのです。shine

 
でもその資産は、「貨幣による金額がついているものしか、表示できない」という、複式簿記の限界ゆえに、バランスシートに写し出されることがない。shine

 
自然環境というのはそうしたものであり、それゆえに経済学で言うところの「外部性」という言葉によって、どれほどの破壊を受けても、破壊者が罪に問われることはなく、その損壊が続いている。thunder

 

その時まで私は、バランスシートというものを、その整合性のおもしろさから、ただ、良く出来たパズルを見るような気持ちで見ていました。

 

でもこの時、私は衝撃的な気づきを得たのです。shine

 

複式簿記によるバランスシートが表現できるのは、現実の多様な経済活動全体の、ほんのわずかな部分でしかなかったのです!

 

バランスシートが現わす左右対称の四角の外側に、大変な量の数値化されていない経済事象が存在しています。shine

 

その衝撃は、意識がどこか、別の世界に飛ばされるような感覚でした。

 

10年に1回、あるかないかの意識の衝撃です。

 

それはまるで、暗い、深い、海のような夜空に、一瞬のうちに放り出されたような感覚でした。

 

 真っ暗な、深く真っ暗な、身体の重心がとれないような空間で、私はようやく、もがくようにして、身体の姿勢を保ちます。

 

自分の重心がとれた後、不器用な子どもが泳ぐように、私は真っ暗な夜空の漆黒を見つめました。その途端、まるで急激に意識が開かれるように…!

 

真っ暗だと思っていたのは、誤りでした。

 
意識を向けた途端に、たくさんの星々が音を立てるように光り始め、私の目の中にその煌めきの光を投げつけます。shine

 

その輝きは、見つめれば見つめるほど、小さな星々までもが目に映り、気がつけば暗闇は大変な数の星々の海だったのです!shine

 

煌めく星の海を見つめながら、私は頬を落ちる涙を感じていました。

 

「経済の本を読んで、泣いた」なんて、はじめてです。

 

「もう、何も考えられない」と思うのに、意識は容赦なく、私の中に流れ込んできます。

 

自然環境だけではない。

 

私たちの世界には、測定されない資産があまりにも、たくさん、多過ぎる!shine

 健康や平和と言うのも、そうしたもののひとつだったのです。shine

 

 旅に出る時に、普通、私たちは自然と、安全で楽しそうな地域を選びます。

 

 子どもが、骨が見えるほどやせている場所でなく。

 

 少年が武器を持ち、少女たちがつらい思いをしている国でなく。

 

 女性が苦しい目をして生きる国でなく、男性が嘆きと憎悪に満ちている国でなく、老人が悲しみにくれる国でなく。

 

 私たちは、人が楽しそうに、健康そうに、安全に生きている地域を選びます。

 

 それは、その国が、測定されない資産において「豊かである」から、選ぶのです。shine

 

 しょっちゅう、テロリストに狙われる国というのは、「安全」という資産が少ないのです。

 

 原子力の事故によって、健康の心配をしなくてはいけない国は、「保健」という資産が少ないのかもしれません。

 

 そして、人が温かい気持ちで助け合っている国は、「社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)」と呼ばれる資産が、大きいのでしょうか。heart

 

 GNH(国民総幸福量)という概念も、おそらくこうした「まだ、見えていない資産」の世界に属するものでしょう。

 

 そうした、人間の生存にとって、すべての快適さをもたらすあれこれを、「貨幣価値では測定されない資産」としてとらえることができた時、著者の言うとおり、会計は地球を救えるのかもしれないし、人間そのものを救うかもしれません。

 

 すべてはこの「見えなかった星々」の世界にかかっているのだと、思いました。shine

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ドラマ : 「限界集落株式会社」 第5回

 止村の野菜に対する信頼を崩してしまった鉄平を、村としてはどう対処すべきなのか?

 

 経営コンサルタントの多岐川の判断は、トマリファームから鉄平を除名することでした。

 

 いくら自分たちの生活がかかっているとは言え、村の人たちにとっては苦しい決断です。村全体が、重苦しい雰囲気に包まれてしまいました。

 

 ところが記者会見の会場で、マサトは思いがけない言葉を報道関係者に伝えます。

 

 とても、考えさせられる場面でした。

 

 業種が、農業であるということもあるでしょう。

 

 農業は土地があるので、「組織から人を切る」とは言っても、そう簡単ではありません。

 

 だから、ここでは鉄平の除名はしないという判断になるのでしょうか?

 

 でもこの第5回でもっとも心に残ったのは、マサトさんが記者たちの前で宣言した「今の自分たちに大事なのは、なによりも人です!」という、この言葉ではないでしょうか?shine

 

 この言葉の中に、止村の一番の資源が光を放っているように思います。shine

 

 人、人…。

 

 もともと村にいた人も、そしてこれから村に来てくれる人も。

 

 止村には、もともと農業に適した豊かな自然がありました。

 

 でも、止村のもっとも大きな力は、この「人」が良いというところに、重要なポイントがあったのではないでしょうか?

 

 だからこそ、農業がきつくて、いったんは逃げ出した研修生も、村に戻ってきています。

 

 もしここで、世の中の普通の企業のように、ミスをした鉄平を除名してしまったら、何よりもそうした「人」の心が傷ついてしまう。

 

 そうしたら、止村が潜在的に持っていた力も弱まってしまうかもしれません。

 

 企業というものを考える時、私たちは自然と第2次産業や第3次産業を考えます。

 

 そして、人間の力ですべてがコントロールできるという想定で、世間を読みながら、企業の対応を考えます。

 

 でも、自然に近い第1次産業というのは、もしかしたら、そういうものではないのかも知れません。sun

 
農業法人という経営の形を題材にしたこのドラマは、私にとって非常に興味深く、そして気持ち良く楽しめるドラマでした。shine

 

 3年前は村からかなり浮いていた多岐川も、いつのまにか、すっかり村を好きになっていて、いい表情をして村のために融資を集めてきています。

 

 そして、マサトさんの元カノであるミズキさんも…。

 

 村祭りの時には、明るく帰って(?)きていましたネ♪

 

 「限界集落株式会社 第5回」、あと1時間ほどで再放送です。tv

shine*^^*shine

 

*ドラマ「限界集落株式会社」のサイトはこちらです。

http://www.nhk.or.jp/dodra/genkai/

 

 

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パン屋のお金と、カジノのお金を、どう分ける?

 このブログのサブタイトルは、「パン屋のお金と、カジノのお金は、切り離そう」です。

 

 そしてこの、「パン屋のお金とカジノのお金」という言葉ですが、これはミヒャエル・エンデの言葉から来ています。bread

 

 エンデは、次のように言っていたそうです。

 

 「重要なポイントは、パン屋でパンを買う購入代金としてのお金と、株式取引所で扱われる資本としてのお金は、二つの異なる種類のお金であるという認識です」(本「エンデの遺言」より引用)

 

 この言葉の意味については、私は大きく、次のように解釈しています。

 

 「パン屋のお金」というのは、労働の対価として支払われ、また人間が何かのサービスを受けたり、消費するための財などを買う時に支払われるお金です。bread

 

そこにはお金が動くという状態だけでなく、同時に誰かが生産した財やサービスが、お金とは反対の方向に動くという動きもまた、存在しています。

 

 つまりパン屋のお金がたくさん動くということは、誰かが生産する財やサービスがよく買われ、同時に買われた財やサービスはよく消費されるという、実体のある財やサービスの世界がよく動くということです。shine

 

 この状態は、私の目には「実物経済(実体経済) 」として見えています。

 

 そして一方の「カジノのお金」ですが。

 

 こちらは、カジノで行われるギャンブルのように、労働を一切しなくとも、お金だけが人から人へと、どんどん動いていくような状態です。

 

 労働を伴わずに、お金だけがどんどん所有者を変えて動いていくので、この動きはどれほど盛んにお金が動いても、実体のある財やサービスが新しく生産されるということはなく、同時に消費されることもありません。この状態は、言ってみれば、「経済の空回り」のような状態です。

 

 この状態を、私は「マネー経済 」と呼んでいます。

 

 このように、パン屋のお金とカジノのお金の違いは、実体のある経済が動くか、それとも動かないかという違いです。shine

 

 そして現実の私たちの世の中では、パン屋のお金もカジノのお金も、まったく同じ種類のお金が使われているために、例えばバブルやリーマンショックのようなことが起こると、その結果として、働いて実体のある財やサービスを生産している人たちまでが、お金や仕事を失ったりするような迷惑を蒙っているのです。

 

 そこで、私としては、このパン屋のお金と、カジノのお金は、なんとかして切り離してしまいたい!thunder

 

そうすれば、もしもまたカジノのお金の世界で、第2のリーマンショックのような出来事が起こったとしても、その時には、実体のある財やサービスの世界で、働いて生活をしている人たちは、一切、影響を受けずにすむようにできるから!、と思うのです。

 

 ところで、「でも、どうやって…?」、という問題がありました。

 

 「パン屋のお金と、カジノのお金は、切り離そう」とは言っても、実際に、現代の社会では、私たちはどちらにも共通の、同じお金を使っているのです。

 

 それを2種類に切り離すことなど、できるのでしょうか?

 

 なんとなく、難しそうな感じです。sweat01

 

 それが、昨年のことですが、テレビを見ていたらたまたま偶然、「あっ、できる!」ということに気がつきました。ちょうど、ヒントとなるような出来事が放送されていたのです。flair

 

 それは、昨年導入された、NISA(小額投資非課税制度)です!

 

 NISAというのは、特定の口座で投資をすると、その口座の中で得た儲けは非課税になるという仕組みです。

 

 そして、別の口座で、同じように投資をして儲けを得ても、それは非課税にはなりません。

 

 つまり、同じ行為をしても、「片方は非課税になって、片方は課税になる」という、「お金の分断」ができるのです。hairsalon

 

 この方法を使えば、パン屋のお金とカジノのお金を分けるのは、難しいことではありません。

 

 つまり、株式投資などのカジノのお金を動かす口座と、実体のある財やサービスを買うパン屋のお金の口座を、きっちりと分けてしまえばいいと思います。shine

 

 そしてカジノのお金を動かす口座から、実体のある財やサービスを買う、パン屋のお金の口座にお金を動かすことは、絶対に禁止!!!

 

 と、したいところですが、そうするとなんだか面倒な反発がたくさん起こりそうな気がしますので、とりあえず大きく妥協して、その時は交換レートを設定すればいいと思います。(笑)

 

 レートは、カジノのお金の口座から、パン屋のお金の口座にお金を移す時は、100分の1とか、1000分の1とか、10000分の1とか、とにかくマネー経済から、実体経済への影響を小さくさせdownその反対に、パン屋のお金の口座から、カジノのお金の口座にお金を移す時は、好きなだけギャンブルが楽しめるように大きくしてあげる♪up

 

(↑どうして、ギャンブルをする人たちのために、私がこのような配慮をしてあげなくてはいけないのかは、自分でもよくわからないのですが、なんとなく…、です。笑)

 

(^^;)

 

 つまり、ギャンブルがお好きな人は、思いっきり遊んでください!bell

でもそのお金は、カジノのお金の口座から引き出す時には、ほとんど実体経済に影響が出ないくらいの、ちょっとの金額になりますよ♪sweat02

というわけです。

 

 このようにすれば、パン屋のお金とカジノのお金を切り離すということは、可能です。shine

 

 そうすれば、いわゆる「マネーの暴力」から、実物経済を守ることが可能になると思います♪sun

shine\(*0*)/shine

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のんびりし過ぎ…

 このところ、というか以前からずっと、私はこのブログの中で、「いつかこの、頭とセンスの両方ともが、ものすごく悪い!資本主義経済というものを、やっつけてあげる!」と威勢のいいことばかりを書いてきました。annoy

 

ところで、よくよく考えてみると私は、「では具体的にはどうするのか?」については、あまり書いていなかったのでした。sweat01

 

というわけで、次の記事で、ちょっと書いてみます。pencil

 

昨年ぐらいから、思いついていたのですが、ついついのんびりしていて、書いてありませんでした。

 

実を言うと、ほかにも書かなくてはいけない重要なことが、けっこうそういう感じでほったらかしになっていて…。

 

ちょっと、のんびりし過ぎかも知れません。snail

(^^;)

 

 

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「資本主義社会のケーキを救え!」というお話♪

 もう2週間もたってしまいましたが、2月14日のバレンタインデーのこと。heart

 

 今年も「まったくイベント関係ナシ!」という私は、朝からあれこれ所用に忙しく、もうイベントらしいことは何もしないで、1日を終わろうと思っていました。

 

 ところが夕方ぐらいにブログを書いたら、なんとなく気分がノッてきてしまい、「やっぱり、1人でも何かしなくては♪」などと思い始めて、結局夜の7時頃からのこのこ、近所のケーキ屋さんに出かけていきました。cake

 

 要するに1人だろうが、2人だろうが、グループだろうが、とにかくバレンタインデーというイベントは楽しまなくては!、というわけです。(←結局、いつもそうじゃないか!という話もありますが…。笑)shine

 

♪(*^^*)♪

 

 ケーキ屋さんに着くまでは、「今日は絶対にチョコレートのケーキにしよう!」と決めていました。

 

 オペラでもいいし、濃厚なクラシック・ショコラでもいいし、ドーム型でもムースでも「どれでもいいから、とにかくチョコレートのケーキ!」と決めていたのです。

 

 ところがお店についたら急に、このところずっとハマっているフルーツ・タルトが食べたくなってしまいました。

 

 今の季節だと、フルーツはイチゴです。shine

 

このお店のケーキはちょっと贅沢で、お手頃価格でイチゴが6粒ぐらいと、生クリームがたっぷりのっています。そして、いずれ季節が変わったら、フルーツが変わってしまって、イチゴではなくなってしまうかも知れません。

 

そうなると、やっぱりフルーツがイチゴであるうちに食べておきたいと思います。

 

 でも、その日はバレンタインデーです。やっぱりチョコレートにしなくては、わざわざケーキ屋さんまで出てきた意味がありません!sweat01

 

 でもでも、フルーツ・タルト?、それともチョコレート?、それとも、やっぱりフルーツ・タルト???

 

 さんざん迷ってから、結局中途半端に、普通のチョコレートケーキの上にイチゴが2粒だけのっているものにしました。

 

 正確にはイチゴが1粒半と、小さな赤いお花がのっています。heart

 

 そう、このお店のケーキは、エディブル・フラワーも使ってあるので、どのケーキも本当に華やかで美しく、そして美味しいケーキなのです。cake

 

 見ているだけでも、楽しくなってしまいます♪

 

 いつも行くたびに、あれもこれもとひとりで7個ぐらい(!)欲しくなってしまうのですが、残念なことに、たいがい買うのは1つか2つです。

 

 それで、その日も1つだけ買って帰りました。

 

 帰りがけに、ショーケースの中を見ると、その日はバレンタインデーだったこともあり、まだまだ数種類のケーキが残っていました。

 

 金粉もキラキラしていて、どれも宝石のように美しい彩りのケーキです。shine

 

 私がお店を出たのは、19時半でした。

 

 閉店までは、あと30分。clock

 

 売り切れなかったケーキは、処分されてしまうのでしょうか?

 

 あんなに手がかかっていて美しいケーキなのに、悲しいことです。

 

 もしもショーケースの中のケーキたちが言葉を話せたら、絶対に「私たちを潰さないで! 誰か、食べて!食べて!」と言っていることでしょう。フルーツやエディブル・フラワーと、生クリームやチョコレートをはじめとする、あらゆる材料たちの大合唱です。

 

 手間をかけて作ったケーキ屋さんだって、悲しいことでしょう。

 

 でも、これが、資本主義社会の現実です…。thunder

 
寒い帰り道でしたが、心に固く(!)誓って帰りました。

 

 いつか私が資本主義経済というものをやっつけたら、あのケーキたちを全員、助けてあげよう思います!punch

 

 「ぜったい、そんなに美しくて、美味しいあなたたちを、たったひとつだって潰させたりするものですか!」と、まるでエンデの「モモ」のような、勇んだ気持ちで帰ってきました。book

 

 ただし、私の目的はもちろん、ケーキたちを救出してあげた後、きっとケーキたちが感謝の気持ちで私のところにたくさん、お礼に来てくれるだろう♪という目算です。cakecakecake

shine*^^*shine

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