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木っ端仏(こっぱぶつ)に思う、経済のあるべき姿

 週末は、横浜そごう美術館の「円空・木喰展」に行ってきました。

 

 「微笑みに込められた祈り」というテーマのそのままに、たくさんの微笑んでいる仏像に出会えた展示でした。shine

 

 展示の中で私が最も好きになったのは、円空さんの「木っ端仏(こっぱぶつ)」という種類の仏像たちでした。

 

 木っ端仏というのは、板切れに、目、鼻、口をつけただけの像なのだそうです。

 

 図録によりますと、円空さんの場合には、「捨て去られるような木片に、最小限の彫刻で、拝まれるような尊像に変容させる」ということが、その特質としてあげられているのだそうです。

 

 見てみるとなるほど、本当に小さな木のかけらに、最小限の顔がシンプルに刻まれているだけです。でも、それだけなのに、その木片はもう、ひとつの「仏さま」のお顔をしています。

 

 しかもその表情は、とても美しい…。shine

 

 見ていたら、「本当に、日本のアートなんだな」と感じさせられました。

 

 木っ端仏の大きなものでは、自然の木片の形が、そのままはっきりと生かされていて、そこに、まったく調和した形で目、鼻、口が刻まれているのです。

 

 その板切れは、まるで最初から、その仏像になるためにあったのではないかと思われるような、自然さです。

 

 私はもちろん、それほど芸術に興味があるというわけでもなく、西洋やあるいは東洋の芸術についても、よく知っているというわけではありません。

 

 でも、その時はどうしてか、「ああ、これこそが、日本の芸術なのだ」と思いました。shine

 

 そこには、西洋の思考や芸術のように、人間が力を入れて、何かを新しく造形してゆくという姿勢でなく、その反対に、もともと本来ある自然の姿に、人間の方が限りなく寄り添っていくことで、どうしてか「本来、あるがままの美しさ」が現れてくるという、日本の美の姿勢を感じました。

 

 木片だった仏さまたちは、どれも慈しみにあふれた表情で、見ていて本当に癒される展示でした。shine

 

 ところで、この記事をこのブログに書きたくなったのは、私が心に観ている経済の在り方が、「人間に無理を押しつけない経済」というものだからだと思います。

 

 人間がそれぞれの自然に沿って、誰も無理をすることなく、のびのびとその能力を発揮し、協力し合いながら、豊かで、楽しい社会を作っていく。

 

 そのためには、経済をどうしても、資本主義という歪みから解き放たなくてはいけません。

 

 資本主義は、どうしても人間の自然な生き方を制限し、人間の悪い面ばかりを引き出してしまいます。

 

 木片を、そのまま仏さまの微笑みに変えるように、人間の生産能力をそのまま、社会に花開かせて、繁栄してゆける社会。

 

 もしも、資本主義経済を終わらせて、そういう社会を作れれば、その時は社会に生きる人々が、それぞれが優しい微笑みを心に抱いて、生きられることだろうと思います。shine

 

 リンク先は、木っ端仏の画像の検索結果です。
https://www.google.co.jp/search?q=%E5%86%86%E7%A9%BA%E3%80%80%E6%9C%A8%E3%81%A3%E7%AB%AF&biw=1366&bih=565&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=r2ARVf2OCsGA8gXv7oDQCg&ved=0CBwQsAQ&dpr=1#tbm=isch&q=%E5%86%86%E7%A9%BA%E3%80%80%E6%9C%A8%E3%81%A3%E7%AB%AF%E4%BB%8F

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