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「お金が表している価値」についての補足

 ひとつ前の記事で、「お金が表わしている価値というのは、人間が財やサービスを生産している力の価値なんだ!」と、書きました。thunder

 

 このことについて、少し補足します。

 

 「財やサービスを生産している力の価値」という言葉の、「生産している力」という部分が、少しわかりにくいかもしれないと思います。

 

 例えば、次のような例を考えてみてください。

 

 もしも、あなたが海辺にいて、ある人から「おいしい魚を、売ってあげる」と言われたとします。

 

その時、次のように言われたら、あなたはその魚を買うでしょうか?

 

 「あの海の中を見てください。あそこに大きな魚が、今泳いでいるでしょう? あの魚を、あなたに100円で売ってあげます。おいしい魚ですよ。買ってください」。(海の中には囲いも何もなく、魚はいつ岸から遠くへ泳いでいってしまうか、わかりません。)fish

 ……。(^^;)

  普通は、買わないですよね?

 

 海の中にいる魚なんて、つかまえなくてはいけないし、それにそもそも、その魚が本当にその人のものだと、言えるのかどうかもわかりません。

 

 次に、そのまったく同じ魚をその人が何らかの方法でつかまえて、岸に上げた状態であなたに見せながら「100円で売ってあげます。おいしいですよ♪」と言われたら、どうしますか?fish

 

 ちょうどその時においしい魚が食べたくて、魚を調理する手間が面倒でなければ、買うのではないでしょうか? この時、魚の価値は100円です。shine

 

 でもその時に、あなたは調理するのが面倒かも知れません。そうしたら、買わないかも知れません。

 

 でもその時さらに、その同じ魚を今度はきちんと調理して、焼き魚か何かにして、お皿に載せた状態で、「この魚は200円です。おいしいですよ♪」と、言われたら?fishrestaurant

 ちょうどおいしい魚が食べたい時に、すっかり食べられる状態に調理されてある魚が200円で売られていて、その時に自分が200円を使える状態であれば、おそらく買うでしょう?heart

 

 どれも同じ魚ですが、海の中を自由に泳ぎまわっている時は、値段はつかず、つかまえて海から陸に引き揚げてきたら100円で、さらに調理して焼き魚にしたら200円です。

 

それは、なんとなく、無理のない(わからなくもない)値段設定だという気はしませんか?

 

 このような流れを考えて、そうすると、最初の「海の中で泳いでいたおいしい魚」は、まだ、誰かの所有物でもなく、天然の「資源」に過ぎないので、普通は値段がつきません。

 

 でもその同じ魚を、「つかまえて、陸に持ってくる」という状態に変えると、100円の価値がつきます。

 

 そして、その同じ魚を、今度は調理して「すぐ、食べられる!」という状態にすると、さらに100円の価値がついて、合計200円。restaurant

 

 この、まったく同じ、ひとつの魚の「状態を変える」という部分が、人間の「仕事」だと私は考えているのです。

 

 「海の中で泳いでいた魚を、陸に持ってくる」、そして「陸に持ってきた魚を、調理する」。

 

 このように、何かの「状態を変えてあげる」という行為が「仕事」です。

 
このように考えていくと、世の中にある財やサービスのすべては、①天然資源に人間の仕事を加えたもの。(財)、あるいは、②人間の仕事のみ(サービス)の、どちらかに分類がされると思います。

 
でも、どちらにしても、実物経済において、「人間がお金を払う時」というのは、この人間の「仕事」の部分に対して、お金を払っていると思うのです。

 

(天然資源の部分は、地球が「無料!」で人間に提供してくれていますよね♪)

 

 だから、「お金が表している価値というのは、人間が財やサービスを『生産している力』の価値なんだ!」ということです。

shine(*^^*)shine

 

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