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あの戦争は、自ら選んでいた…

 5月10日(日)の午後のことでした。

 

 たまたまテレビをつけたら、NHKスペシャル「日本人はなぜ戦争へと向かったのか」という番組を放送していました。

 

 内容は「メディアと民衆」というものでした。

 

http://www.nhk.or.jp/archives/nhk-archives/past/2015/150510.html

 

 興味があったので、見ていました。tv

 

 そして、予想以上に興味深い内容に、驚きました。

 

 その時は突然で、録画が間に合いませんでした。

 

 それで後になって図書館から、「NHKスペシャル 日本人はなぜ戦争へと向かったのか(下)」という本を借りてきて、今、この記事を書いています。

 

 番組の中で私が興味をひかれたのは、「日本人は、自分たちであの戦争を選んでいた」と感じさせられた部分です。

 

 経緯をおおまかに書きますと。

 

もともと大正デモクラシーを経験してあった新聞界には、ある時期まで民主主義の思想が根付いていたそうです。新聞各社は軍の弾圧を恐れることなく、軍の拡大を批判していたということなのですが。

 

ところが「戦争になると発行部数が伸びる」という実情があったため、1931年の満州事変を契機に新聞社は報道競争を始めます。日本軍の快進撃という報道は、世界恐慌で疲弊した経済に苦しめられていた国民を熱狂させたということです。

 

この時、満州事勃発の3カ月ほど前に。

 

実は、国民にとってはまだわずかに、後の戦争を避けられたかも知れないターニング・ポイントとなり得る状況があったのでした。

 

満州事変の3か月ほど前に、中村震太郎事件という出来事があったのです。

 

大興安嶺(だいこうあんれい)という場所で、敵情を偵察していた陸軍将校中村震太郎大尉ほか3名が中国兵に拘束され、銃殺後に遺体を焼き捨てられるという事件でした。

 

この時、各新聞社はこぞって中国兵の残虐性を強調した記事を書き、その後は満州事変拡大を支持する方向に進みます。

 

その時、大手新聞社の中で、朝日新聞だけが慎重論を唱えました。

 

ところが朝日新聞のその論調に対して、今度は全国各地で朝日新聞に対する不買運動が起こります。

 
新聞社とは言っても、結局は資本主義社会の企業に過ぎません。

 

不買運動は、企業に打撃を与えます。

 

最終的に、朝日新聞はその論調を変えざるを得なかった…。

 

その結果、もはや世論を抑制しようとするメディアはなくなって、ほとんどのメディアが軍部に寄り添い、こぞって満州事変を煽っていく方向に変わったということです。

 

私はこの番組を見ていて、当時の日本人の気持ちというものが、不気味に思えてなりませんでした。

 

関東軍の勝利ということは、他国の人たちを「またやっつけた」ということです。

 

どうしてそのような暴力的な出来事に、当時の人々は「バンザイ!」と叫べたのか?

 

女性たちも、歓声を上げているのはなぜなのか?

 

女性たちは生命への慈しみを忘れたのか?

 

民衆は、新聞の不買運動という形で、自分たちが日本の未来を選択したことに気づきませんでした。

 

その結果は後になって、自分たちに大変な牙をむいて、犠牲を強いてきたのです。

 

当時の民衆は、どのような気持ちで満州事変を支持したのでしょう?

 

もしかしたら、世界大恐慌という経済の苦境が、人びとの心を苛立ちでいっぱいにしていたのかも知れません。

 
何にしてももしもあの時民衆が、朝日新聞ではなく、満州事変拡大を支持する新聞に対して不買運動を起こしていたとしたら?

 

それでも新聞社は、その論調を貫けたでしょうか?

 

この番組とそして本は、資本主義社会における報道機関の行動を考える上で、大変興味深い内容を記していると思います。book

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