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私たちは「株式会社」も知らずに選挙権を持っている

 選挙権というものを考える時に、自分のこととして「それは、あるべきだ」と思います。

 

 無いということは、政治に対して意思表示もさえてもらえないということなので、それは絶対に嫌!

 

 でも、だからと言って、今度は「自分にとって良い政治家を選ぶための、基礎となる知識もないのに、選挙権だけを与えられる」というのも、どうなのだろうか?と思うのです。

 

 もう10年以上も前、私はあまり選挙に行きませんでした。

 

 「行ってもどうせ、変わらない」。

 

 これは、私の選択が、いつも世の中の少数派であるからです。(笑)

 

 でも、この「どうせ、変わらない」という言葉の奥には、実はもっと深く、「世の中の仕組みが、よくわからない」という思いがありました。

 

 だから私は、選挙運動の中で政治家が語る言葉の、おそらく半分もわかっていなかったのです。

 

 そして、もっとも大切だったこと。

 

 とくに、経済については、まったくわからない。

 

 政治家が「経済をああしよう、こうしよう」と言っていても、それが実現可能な話なのか、そもそも、それが誰の利益になるのかも、よくわかっていなかったのです。

 

 私に理解できたのは、ただの感情的な言葉だけでした。

 

 そして、私は「安っぽい感情」が嫌いなので、その結果、私の選択はいつも、自然と少数派の政党や政治家になるのでした。

 

 「エンデの遺言」に出会い、その途中で「株式会社」というものを理解した時に、私は変わったと思います

 

 「その政策は、誰の利益になるのか?」が、考えられるようになったのです。

 

 それからは、きちんと選挙に行っています。

 

 限られている選択肢の中から、少しでも、自分が望む世の中に近づけてくれそうな候補者を選んで投票しています。

 

 国民審査も、なるべく自分の感性と合った裁判官を選ぶように、努力しています。

選挙権をきちんと使うために、「株式会社を理解する」というのは、それぐらい大切なことなのだと思います。

 

 でもこの「株式会社」についての知識は、義務教育では得られません。

 

 賃金、利益、財務諸表、配当、運用、証券取引所、株価など。

 

 それらについて私たちは、ほとんど知識を得ることなく、20歳になれば選挙権が与えられます。

 

 私たちは、「株価がいくら上がろうと、いつでも、雇われている自分の収入が増えるというわけではない」ということも知らずに、投票する権利だけが与えられるのです。

 

 私たちは株とか、株式会社という仕組みそのものも、知らないのです。

 

 これではどうやって、その政治家の政策が、自分にとって良いものであるのかを、判断したらいいのでしょう?

 

 自分に理解ができるのは、ただの感情的な言葉だけだとしたら、どうやって?

 

 「あの政治家は、見た目がいい」。

 

 「あの政治家は、だめだ」。

 

 「あの政治家の言葉は、わかりやすい」。

 

 そうしたことだけを判断材料に、投票して。

 

 気がつくと、日本の形が変わっている。

 

 日本は、平和な国ではなくなってしまうかも知れません。

 

 「株式会社」についての知識が広まらない限り、日本は何度でも同じ失敗をするでしょう。

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