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2015年9月

格差拡大は、ただ今「準備段階」です。

 昨年、消費税が8パーセントに上がってから、「静かに」生活必需品の値上げが始まっています。

 

 それは、商品の金額がそのまま上がっている場合もあるし、あるいは実質値上げという形で価格はそのままで、買える財やサービスの量が減っている場合もあります。

 

 金額がそのまま上がっている商品としては、食品類は、お肉、お魚、野菜など、ほとんどすべての食品が上がっているようです。

 

 どうして、そうしっかり言えるかというと、私が食品を買うのは、かなり値段が安いお店の、その中でも、かなり値段が安い食品しか買わないからです。(←きっぱり!)(笑)

 

 ところが、その「もっとも安かった値段」でさえ、消費税が8%に変わってから、一気に金額を上げているのです。

 

 私の記憶では、ある大手流通系のお店では、消費税が8%になる前は、少量の野菜や卵は、たいがい100円以内で買えました。shine

 

 今では、100円以内で買える食品は、かなり少なくなっています。sweat01

 

 また、雑貨では、トイレット・ペーパーも、以前はドラッグストアで普通に、12ロール税込200円以内で買えました。shine

 

でも今では、税込260円以上が普通です。sweat01

 

 そして、実質値上げもいろいろ起きています。sweat02

 

 私の知っている範囲では、卵、某100円コンビニのお稲荷さんやお惣菜。

 

 そのほか、もう思い出せないような食品も、ずいぶんあります。

 

 実質値上げというのは、きちんとした情報がメーカー側にしかないため、消費者には気がつきにくいものですが、よく思い出してみるといろいろな商品が、「静かに」その内容量を減らしています。

 

 さらに最近耳にした話では、もう50年も愛されている、某有名店のあるお菓子も、実質値上げがされたそうです。sweat01

 

 「あのね、前よりも、ちっちゃくなってるのよ!」と、ある年配の女性が言っているのを聞きました。

 

 本当でしょうか?

 

 自分で確かめていないので、真偽のほどは定かではありませんが、たしかに私も好きだったお菓子なので、思わず心の中で「それは、よくないわ!」と、強く思います。

 

(*^^*)

 

 何にしろ、金額の値上げにしても実質値上げでも、どちらも「それまでの金額で得られたはずの量の財やサービスが、少ない量しか得られなくなる」、という点では同じです。

 

 お金に対して、財やサービスの交換比率が下がっているのです。thunder

 

 家庭にとって生活は毎日のことであり、買い物もまた、ほとんど毎日のことですが、家計が得られる財やサービスの量が少なくなっているために、家計はより多くのお金を支出しなくてはいけない状況になっています。

 

 資産運用ができるほど、余裕のある家庭には関係のない話ですが、家計のほとんどを、生活必需品の消費にまわしている家計には、深刻な話です。

 

 家計はじわじわと、それまでの貯金を吐き出さなくてはいけない状況になっています。sweat02

 お金に対する財やサービスの交換比率の変化により、格差拡大は、現在準備段階と言っていいでしょう。

 

 交換比率の変化というものは、大変気がつきにくい変化ではありますが、経済に関して言えば、大変重要な変化です。thunder

 数年後には、はっきりとした格差の拡大が表れるでしょう。

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企業は「労働力」という資源を、買っている。

 「労働力」というものを、「ものごとの状態を変化させる力shine」として、定義してみると、企業というものは、お金を出して「労働力」という資源を買っていると、言えると思います。

 

 「お金を出して」というのは、「賃金を払って」ということです。

 

 企業は、抱えている従業員の人数と、その従業員が働いてくれる時間の分だけ、労働力という、ある意味での「資源」を持っている、ということになります。

 

 つまり、企業はそれだけの量の「ものごとの状態を変化させる力」を買って、得ている、ということです。

 

 あるいは、こうも言えると思います。

 

 企業というのは、「従業員と契約した分だけ、その労働力を使うことができる」ということです。

 

 その契約は、時間単位の場合も、そうでない場合もあるとは思いますが、ここでは時間単位で考えてみたいと思います。

 

 たとえば、契約が時間単位である場合。

 

 3人のほぼ同じ仕事の能力持っている従業員が、毎日8時間、平日5日間の契約で働く企業では、経営者は1週間あたりで、3人×8時間×5日間と、合計120時間分の労働力を使うことができる、ということです。

 

 この、合計120時間分の労働力を、どのような作業に使うかは、経営者による判断です。

 

 利益につながるような作業に使うのも、あまり利益につながらないような作業に使うのも、経営者による判断で決まります。

 もちろんこれは、従業員数が1000倍になれば、使える労働力の量も1000倍です。

 

 仕事によっては、時間が単位でない場合もあるでしょう。

 

 それでも企業が、契約した量の労働力を得ていることは、間違いありません。

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「労働力」が働くためには、時間が必要です。

 少し前の記事で、労働力というものを「ものごとの状態を変化させる力のこと」と、定義してみました。shine

 そして、この労働力が働くためには、どうしてもある程度の時間が必要なのだということに、気がつきました。

 

 人間が生きている世界では、何かの状態を変えようとする時に、「魔法のように、ものごとの状態が一瞬で変わる」ということは、ありません。

 

 どのような変化にも、時間がかかります。

 

 たとえば、封筒にドサッと詰め込まれた領収書を、きちんとした仕訳伝票と証憑の状態まで変えるには、ある程度の時間が必要です。

 

 あるいは何らかの変化そのものは、一瞬で起こるとしても、その一瞬を起こすための準備として、ある程度の時間がかかるということもあります。shine

 

 たとえば、アーティストの演奏や、イベントなどがそうでしょう。

 このように、労働力の成果というものが、きちんと現れるためには、どうしても「時間」が必要です。

 

 

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署名

 昨日、駅前を歩いていたら、共産党の人たちが「安全保障関連法、廃止」の演説をしていました。

 

 どうしてか近くに、公明党の自動車も止まっています。(こちらは、とくに演説をするというわけでなく、無言です。)

 

 もしかしたら署名を集めている?と思い、行ってみました。

 

 あまり広くなく、混雑している歩道に、署名のボードを持っている人たちが立っています。

 

 お年寄りの女性が署名をしていたので、私は後ろで待ちました。

 

 その方が終わってから、私も書こうと思ったら、1枚に数行しかない用紙がいっぱいで、私が書く欄がありません。

 

 そこで、すぐそばにあったテーブルに案内され、私も署名を済ませました。

 

 終わって、テーブルを離れようとしたら、驚きました。

 

 私は、後ろに並んでいた年配の男性にぶつかってしまったのです。

 

 その方もまた、私が終わるのを待っていたのです。

 

 よく見て見ると周囲では、そのほかにもちょこちょこ人が立ち止まり、署名をしています。

 

 署名というのは、通常、集める側が、歩いている人たちにを依頼をするものだと思っていました。

 

 ところが今日は、歩いている人たちの方から自発的に、署名をしようと立ち止まっています。shine

 署名という行動に、こんなに自発的に人が協力している場面ははじめて見ました。shine

 
立ち止まっていたのは、年配の方が多かったように思います。pen

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報道が少ないと思いました。

 昨日の朝、目が覚めてから、「安保法案はどうなったのだろうか?」とテレビをつけました。

 

 どの局でもまったく報道がなく、バラエティのような平和な放送ばかりでした。

 

 普段の土曜日よりも、はるかに平和な雰囲気です。

 

 たしかにシルバーウィークの初日ですが。

 

 それにしても、あまりにも報道がなさすぎる…。

 

 それでふと思ったのですが、「たぶん、深夜のうちに成立したのだ」、と思いました。

 

 8時過ぎになってから、いくつかの番組で報道があり、案の定、やはりそうでした。

 

 報道がないことで成立がわかるなんて、なんだか奇妙な感じです。

 

 いつの間にか、「重大なことは、あまり報道されないもの」という状況に慣れてしまっているのかもしれません。

 

 民主主義、立憲主義、平和主義。

 

 私はどれも重大なことだと思うのですが、日本のテレビ局にとっては、たいしたことではないのかもしれません。tv

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企業は案外、「労働力」を無駄使いする

 派遣で働いていると、時々、ちょっと不思議な仕事に出会うことがあります。

 

 それは、「この仕事は、いったい誰の役に立つ仕事なのだろう?」という、そういう種類の仕事です。

 

 もちろん派遣は、企業の一部しか知らないので、その疑問が、あとになって解決する場合もよくあります。

 

 でも時々、そうではなく、本当に「誰の役にもたたない仕事だったんだ!」と、驚く場合もあるものです。

 

 ある企業で、実際に経験したことです。

 

 その企業は、社内のあちこちに「経費節減!」と貼り紙がしてある企業でした。

 

 見るからに、経費の節約に力を入れている企業です。

 

 私はその企業で、前任者から引き継いだ仕事を、引き継いだままに続けていました。

 

 その中に、ちょっと意味がよくわからない?というか、「いったいこのデータは、誰の役に立つのだろうか?」と不思議に思うデータ作成の仕事がありました。

 

 毎月、あるプロセスを経て、私はそのデータを含めた2種類のデータを作成し、数人の上司に送信します。

 

 1つ目のデータは明らかに意味のあるもので、完成までにだいたい5日ほど時間がかかります。こちらはデータが出来上がると、ほっとします。

 

 そして2つ目のデータは、2時間ほどでできるものだったのですが、こちらがその、ちょっと意味不明のデータです。

 

 私がそのデータについて、意味不明と思うのは、そのデータの内容は、ほかの資料で十分に得られるものだったのです。

 でも、とりあえず派遣としては、引き継いだままに作業をするよりほかになく、毎月、その2種類のデータを作って送信します。

 

 ところがある時、2種類のデータの完成が終業時間の30分前になってしまいました。

 

 メールソフトの操作の関係で、前月分の送信メールを呼び出してから、前回のメールを編集し、まずは1つ目のデータを送信します。

 

 毎回緊張しますが、無事に送信できました!shine

 

 いつものことですが、このデータの送信が終わるとほっとします。


\(*^^*)/

 次に、その2つ目のデータを送信しなくてはいけません。

 

 そこで、これもまた「前月のメールを呼び出して…」と、過去の送信メールを探します。

 

 ところがその時、電話が鳴って、そのままちょっと面倒な電話の取次ぎに巻き込まれてしまいました。

 

 担当者を探しに行ったり、代理の人を探したりで、しばらく席に戻れませんでした。

 

 そして、その日は残業が禁止されている日だったので、席に戻ってきたらもう、机の上の資料を片づけなくてはいけない時間でした。

 

 あわてて資料や、机の上の飲み物などを片づけます。sweat01

 

 開いているメールソフトも終了し、あわただしくパソコンの電源を落として、節電のためのコンセントのスイッチもきちんと切り…。

 

 そのままバタバタ、帰宅してしまいました。

 

 心の中は、「ああ、今月も無事に送信できた!」と、すっかりほっとしています。

 

 そのまますっかり、その作業のことは忘れてしまいました。

 

 そして翌月、また同じように2つのデータを作った後。

 

 前月分の送信メールを探すと、送信メールが1本しかありません…。sign01

 

 その時になって、自分がすっかり2つ目のデータの送信を忘れていたことに気がつきました。

 

 ただ不思議だったのは、その間、どの上司からもデータの催促はなかったことです。

 

 つまり、このデータはなくても、上司の仕事に影響はないようです。

 

 ということは、私が毎月2時間かけて行っていた作業は、何だったのでしょう?

 

(^^;)

 

 ちなみにこの企業が、派遣である私の仕事に対して支払う金額は、2時間で約4,400円です。

 企業は、コピー用紙や電気代、水道代など、直接支払が起こる費用に対しては敏感です。

 でもその一方で、従業員の労働力を使用することによって、支払いが起こっているという現実に対しては、けっこう鈍感なものだと思います。

 「労働力」の無駄使いというのは、同時にお金や資源の無駄使いでもあると私は思うのですが…。

shine(*^^*)shine

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「天竜人(てんりゅうびと)」は平気でうそをつく

 アニメの「ONE PIECE」を、相変わらず毎週見ています。

 

 正直に言うと私にとって、戦いの場面は退屈なのですが、ほかの理由からおもしろさを感じて見ています。

 

 「ONE PIECE」の楽しみ方は、人によっていろいろあると思います。

 

 私の場合、このアニメのおもしろさというのは何よりも、現実の世界とのリンクです。shine

 

 ずいぶん前に、このブログで「クンフージュゴンの涙と『緑色の首輪』」という記事を書きました。

 

 自らの意思を奪われた存在が、自分の大切に思う存在を、自らの意思に反して攻撃するという悲劇を、過去の日本の戦争の状態に重ねて書きました。

 

 あれから1年以上がたちました。

 

 アニメの「ONE PIECE」の舞台はドレスローザという国に移り、多くの国民がドフラミンゴという悪者に操られて、自らの意思に反した他者への攻撃を重ねています。

 

 彼らは泣きながら、罪もない人々を攻撃しています。

 そして、日本の現実の世界では、数日中にも安保法案が可決されるかも知れない状況になりました。

 紛争地に送られる自衛隊の人たちは、自らの意に反して、知りもしない相手を攻撃しなくてはいけなくなるかも知れません。

 

 すべての日本国民は自らが払った税金で、知りもしない人たちを傷つけるための、武器を買われてしまうのかも知れません。

 

 時間的な展開も、とてもよくリンクしているように思えます。

 

 ところでこの「ONE PIECE」の世界ですが、数か月前から悪者であるドフラミンゴが、実は「天竜人(てんりゅうびと)」という存在であることが明かされてきました。

 

 天竜人というのは、「ONE PIECE」の世界においては、最高の支配階級です。

 

 この天竜人というのは、大変傲慢な集団で、自分たち天竜人以外の人間は、すべてが自分たちの奴隷だと考えている存在です。(少数の例外もあります。)

 

 天竜人は、「奴隷」の生命を奪うことに躊躇はありません。

 

 それは、たとえば相手が幼い子どもでも、ただ「自分たちの前を横切った」という理由だけで、生命を奪ってしまうというほどです。

 

 天竜人にとっては、普通の人々というのはすべてが彼らの奴隷なので、どのように扱ってもいいのです。

 

 そしてまた、天竜人という存在は、うそをつくことに良心の咎めというものはないようです。

 

 ドフラミンゴがそうですが、自分の目的のためなら、平気でうそをつき、相手をだまします。

 
おそらく天竜人にとっては、奴隷に対して誠実である必要などないのでしょう。

 普通の人が持っている「人をだましては、いけない」という常識が、天竜人には通用しないのです。

 

 そのためドレスローザという国は、かつては善良な王が統治する国であったにも関わらず、ドフラミンゴの策略によって王位が奪われ、大変な悲劇に見舞われています。

 

 天竜人というのは、普通の人々にとっては間違いなく、地上の災厄のかたまりと言っていいでしょう。

 

 絶対に、国家の統治者にはなってほしくないような存在です。

 

 ところが数日前のニュースで国会答弁の様子を見ていたところ、そこにはまるで「天竜人?」としか思われないような、ある政治家の言動がありました。

 

 野党が紛争地における自衛隊員の生命についての質問をしていると、その回答が、一貫性もなく、ぐらぐら変わります。

 

 明らかにうそをついているのが、わかります。

 

 質問の内容は、自衛隊員の生命や立場の安全です。

 

 でもその返答に、人間の生命に対する配慮というものは見られません。

 見ていて、「ああ、これは、もしかして『ONE PIECE』に出てきた天竜人?」と思いました。

 

 天竜人は、奴隷と思っている存在の生命は、どうでもいいのです。

 

 天竜人は、奴隷と思っている存在に、うそをつくことなど平気です。

 

 何しろ彼らは、自分たちを「そうしていい存在」と考えているからです。

 

 そして、だからこそ、彼らにとっては、今その時に発言している内容が、真実である必要は、まったくないのです。

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経営者は、「労働力」の使い方を決められる

 非正規雇用の立場ですが、ときどき、経営という行為について、考えます。

 

 経営というのは、賃金という形で買っている従業員の「労働力」を、どのように使うかを決めることだと思います。shine

 
(もちろんこれは、経営という行為の要素のひとつにすぎませんが。)

 良い経営者という人たちは、自分が経営している会社の中の労働力を、できるだけ無駄なく、効率よく、自社の生産に使います。

 そうすると、その企業は、同じ仕事をしている他社と同じだけの労働力であっても、そのパフォーマンスにおいて、他社とは差がつくはずです。

 その反対に、あまり良くない経営者という人たちは、自社の中の労働力というものを、たいして意味のない仕事に使ったり、自分個人の満足のために使ったりして、無駄にします。

 
せっかくお金を払って買っている労働力なのに、それを生産力のアップに使えない、ということです。

 労働力の無駄使いが多くても、労働力の単価を安くすることで、利益を出せる場合もあるとは思いますが、そういう経営者はだいたい、陰で従業員から嫌われています。

 本当に良い経営者という人は、自社の中の労働力を、無駄にはしません。

 だから、あまり、どうでもいいことには、労働力を使いません。

 つまり従業員に、どうでもいいような仕事は、させないということです。

 従業員にやらせる仕事は、きちんと選びます。

 経営に対して、効果のありそうな仕事だけを選んで、やらせているはずです。shine

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「労働力」というのは、「ものごとの状態を変化させる力」のこと

 「労働力」というものについて、以前から、良い表現がないかなと考えていました。

 

 それで、最近ようやく思いついたのですが、「労働力」というのは、「ものごとの状態を変化させる力のこと」だと言えると思います。shine

 

 この世の中にあるすべての財は、地球上にある天然資源に、この「労働力」が加えられた結果によって、生み出されています。

 

 たとえば、山にある山菜を取ってきて売るのは、天然資源である山菜に、「山にあったけれど、里まで運んできて、山にいない人でも食べられる状態に変えた」という、「労働力」が加えられた結果です。

 

 そして、いわゆる「サービス」というのは、この「労働力」が直接、売られている状態です。

 

 たとえば、エンデのモモに出てくるベッポは、道路の掃除をするのが仕事ですが、この場合は、「道路が汚れている状態」から、「道路がきれいな状態」に「変化させる力」が、ベッポの売っている「労働力」です。shine

 もっと身近なところで言えば、たとえば事務職や営業職というのも、この労働力が直接売られている状態です。

 

 事務職は、「記録や整理がされていない情報を、きちんと整理して記録されている状態に変える」という労働力を売っています。

 

 営業職は、「まだ売れていない財やサービス」と、「お客さんに売れている状態」に変えるという「変化させる力」を売っています。

 

 学校の先生は、「まだ何かがわかっていない学生」の状態を、「わかっている状態」に変化させる力を売っています。

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政治家の心

 8月ある朝、通勤途中の駅前で、ある政治家の街頭演説を見かけました。sun

 

 聞き覚えのある声だったので見てみると、野党のある政党の、元代表でもあった人でした。

 

 道行く人はほとんどが、流れるように駅を出て、それぞれの職場に向かいます。

 

 お盆の直前だったので、歩いている人たちもどことなく、少し気が抜けているようにも見えました。

 

 私は歩きながら、その政治家をしばらく見ていました。

 

 どうしてか、とても気になったのです。

 

 8月の、まだとても暑かった朝なのに、その人は不思議と爽やかな雰囲気で、道行く人々に呼びかけていました。

 

 どこかさっぱりした、何かがふっ切れているような…。

 

そこにはまるで、夏の終わりの、大きく開かれている青空のように、明るい、爽やかな雰囲気があったのです。

 

 私はその時、はじめて「政治家の心shine」というものを、知りました。

 

 「政治家」とはいってもいろいろで、自己顕示欲のかたまりのような政治家の姿は最悪です。

 

 でも、そうではなくて、人にはどうしても、そのたましいの働きとして、政治家となる運命の人たちもいるようです。

 

 そういう人たちは心の中に、しっかりと健康的な社会への理想を持っていて、だからこそ、政治家にならざるを得ない運命にあるのでしょう。

 

 たとえその道が、社会的にはあまり、おいしい思いができない道でも、その人のたましいにとっては、そういう道を選ぶよりほかにはないのかもしれません。

 

 大きな権力にすり寄ることは、その人のたましいにとっては、自らへの裏切り行為となるからです。

 

 私は内向的で、非社交的な性格なので、それまで、自分が政治家という人の心を知る時があろうとは、思いもしませんでした。

 

 でも、その政治家の姿を見ていたら、私も心においては、その政治家の気持ちに通じる何かがあるように思いました。

政治家は、いろいろな人や組織と関わることで、世の中を良くしていこうと考えます。

 

 私は、そのような能力にはまったく欠けていて、でも私はこうして文章を書くことで、その政治家がしようとしているのと、同じような目的を果たそうとしているのです。

 

 その政治家は、おそらく自分が世の中に影響を与えることによって、世の中のどこかにいる誰かの生活がらくになり、誰かが幸せになることがうれしいのです。

 

 社会を変えることによって、社会のどこかにいる、立場の弱い誰かが幸せになることで、その政治家はおそらく自分も幸せになるのです。

 自分の能力を、最大に幸福に思うのです。shine

 

 「政治家」とひとことで言っても、その雰囲気は本当にさまざまで、見るからに気味の悪い雰囲気の政治家も存在しています。

 

 でもその一方で、まっすぐに空につながっているような、爽やかな心根を持つ政治家も存在しています。

 

 すべての政治家に、うんざりする必要はありません。

 

 お盆の前で、その日も、とても暑い1日になりました。sun

 

 でも私は、その日一日中、とても爽やかな気持ちで過ごせました。shine

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