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「お金」とは「社会に対する債権」のようなもの

 ふと思ったのですが、お金というのは、簿記で考える時の「債権」のようなものだと思いました。

 

 簿記で考える時の「債権」という言葉は、将来「お金」を受け取れる権利に限定されるのかもしれませんが、ここで考える場合には、将来「社会に売られている財やサービス」を受け取れる権利として考えてみます。

 

 そうすると、お金というのは、「その人が所有している金額に応じて、これからの未来に、その時点で社会に売られている財やサービス購入できる権利」と考えられます。flair

 

 お金がたくさんある人は、その時点からの将来に、社会に売られている財やサービスを、たくさん買うことができます。

 

 お金が少ししかない人は、その時点から将来に、社会に売られている財やサービスを、少ししか買うことができません。

 

 債権、権利という言葉は、あまり良い表現ではないかもしれません。

 

でも、お金をたくさん持っている人は心理的に、自分がこれからの未来に、その所有する金額に相当する、たくさんの財やサービスを買うことができると保証されているように感じていると推察できます。

 
人間はだから、たくさんのお金を持っていたい、あるいは持っていた方がいいと考えるのではないでしょうか?

 保証があれば、安心できます。shine

 それに対して、お金をあまり持っていない人は心理的に、自分がこれからの未来に、そんなにたくさんの財やサービスが買えるわけではなく、持っている金額分しか買えないという限定を自覚していると推察できます。

 

 人間はだから、持っているお金が少ないということを、怖く感じるのでしょうか?

 その怖さというのは、「自分はこれからの将来に、生きるために必要な分の財やサービスを買うことができないかもしれない」という、「生きられないかもしれない怖さ」です。shine

 

 そうした保証と限定の感覚を考えると、お金というのはやはり、一種の「債権」とか「権利」のようなものだという感じがするのです。shine

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