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モハメド・アリさんと平和への道

 草食系の性格の私が、ボクシングというスポーツを見ることはありません。

 

 正直に言いますと、ボクシングを見ていることが、できないのです…。sweat01

 

 ですので、モハメド・アリさんのことは名前以外、ほとんど何も知りませんでした。

 

 ところが最近亡くなったことで、アリさんに関する情報が多くなり、私も少しは知るようになりました。

 

 そして先日、見るつもりもなく流していた「クローズアップ現代」で、モハメド・アリさんという人がひとりの人としても、本当にすごい人だったことを知りました。shine

 

 国家と対立しても、ひるまない。thunder

 その心の強さはいったい、どうやって培われたものなのでしょう?

 

 アリさんは、何を信じて生きていたのでしょう?

 

 神さまを?

 

 自分を?

 

 それとも、人間の善性をいうものを?shine

 国家を前にしても、まったく屈しなかった彼の世界観を知りたいと思いました。

 

 そして日頃、自分自身があまりにも軽々しく言葉にし続けていた、「平和」という言葉の軽さを、思い知らされたような気持ちになりました。

 

 平和を祈ること、願うことなど、簡単だったのです。

 

 人間は人との関係を気にせずに、ひとりで平和を祈ったり、願ったりすることならば、簡単です。

 

 それよりも、人間は人との対立を怖れるものなので、大勢の反対者の前に立って、自分をはっきり主張することの方が難しい。thunder

 嫌われ、反発され、場合によっては攻撃されるかもしれません。

 でも実際に平和を実現したい時は、人間はアリさんのように、国家にさえも「NO!」と言えるほどの強さを持たなければ、平和など得られないのかもしれません。

 

 それは国家ほどの大きな反対者ではないとしても、小さな、自分と同じ程度の小粒の相手にでも、「自分はこういう考えを持っている」ということを、時にはきちんと主張できる強さが必要なのだと思います。

 

 ただ同時に、人には「器(うつわ)」というものがありますから、誰もがモハメド・アリさんほどまで強くなる必要はないかもしれません。

 

 小さな器の、小粒の人間たちだって大勢集まれば、もしかしたら映画の「ファインディング・ニモ」のように、ものごとの状況を変えられるかもしれないのです。shine

 (映画の「ファインディング・ニモ」では、小さい魚たちが「一致団結!」して、自分たちを捕まえた大きな船の網から逃げ出していました。)sun

 

 でも、それでも、ひとりも全員も、ほとんどが国家の前にあっさり屈してしまう国ならば、そこには平和などあり得なそうです。

 

 アリさんをとおして知った「平和」は、あまりにも強烈で圧倒的なものでした。shine

 平和というのはそれぞれが、それぞれの器の範囲の中で、真摯にその人の最大限の誠実さをもって、表していくものだと思いました。

 

 アリさんは、あんなに真摯に「自分」を生きた人なので、どう考えても幸せな場所以外に行くところなどなさそうです。

 

 ただただ、輝きを見つめながら、お送りさせていただきたいと思います。shine

 

*リンク先は、NHKのクローズアップ現代です。

http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3820/index.html

 

 

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