« 2017年2月 | トップページ | 2017年4月 »

2017年3月

本 : 「ソ連の『社会主義』とは何だったのか」

 以前から読みたかった本でしたが、区の図書館にはなかったので、大学の図書館に行って読みました。book

 

 手に取るまでは、内容が難し過ぎると読めないかもしれないと心配していましたが、意外とそうでもなく、読み始めたらけっこう熱中して読みました。

 

 社会主義国の経済については、とにかく「情報が足りない」と感じます。

 

 ソ連、キューバなど。

 

 その国内では、どのような経済が運営されていたのか?

 

 以前から大変興味がありました。

 

 また、ミヒャエル・エンデが言っていた。

 

 ソ連も資本主義だったという言葉。

 その言葉の意味を、理解したいという気持ちもありました。

 

 この本は、その「国家資本主義」については、ある程度の理解を与えてくれています。shine

 

 それにしても世の中には、社会主義についての情報が、本当に少なかったのだと感じさせられます。

 

読んでいると、驚くことや、また考えさせられる情報が次々と出て来ます。

 

 たとえば、古いところでは、レーニンという人はそれなりに国のことを思って、けっこう一生懸命だったのではないか?とか。

 

(ここは、レーニンという人の人物像をどう捉えるかによって、見方が大きく別れるところであろうとは思いますが。shadow

 

また、世界はスターリンの宣言を信じたから、ソ連は社会主義を実現させたと信じていたのか?!、とか。

 

 でも、スターリンというのは独裁者です。sweat01

 

 独裁者が正直者である、などということは、まずあり得ない話だと思うのですが、世界はどうしてそんな人物の言葉を信じていた???

 

(独裁者なんて、大ウソツキに決まっていると思いますが…。)

 

 ただし、独裁者が統治する社会となってしまった以上、国外からその国の内部の情報を得ることは難しくなってしまったということは、あるかもしれません。

 

 そうなると、「社会主義を実現させた」と言っている言葉を信じるよりほかに、なかったのでしょうか?typhoon

 

 そして、本の中では「これは社会主義と言えるのか?」的な事例が、あれこれ示されます。

 

 例えば労働者には、けっこう職業選択の自由があったとか。(←そうだったの?!)

 

(ほかにもいろいろ、驚いたことはあったのですが、記憶し切れませんでした。)

 

 ソ連の社会主義というのは、本当はどのような社会だったのか?

 

 どんどん興味がわいてきます。shine

 

 時間が限られていたので、あまり丁寧に読むことはできませんでした。

 

 次に行く時には、もう少し読み進めておきたいと思います。

 

 ちなみにこの本は、Amazonのブックレビューでは、あまり良い評価ではないようです。

ソ連の「社会主義」とは何だったのか

  私としては、説明が具体的で、思想に偏り過ぎていないという点で、とてもおもしろい本だと思っています。

shine(^^)shine

| | コメント (0) | トラックバック (0)

マンガ「アルテ」に見るフィレンツェとヴェネツィアと、そのほかのこと

 「アルテ」を読んでいて楽しかったことのひとつに、フィレンツェとヴェネツィアの都市の雰囲気の違いがあります。

 

 作品の中では、ふたつの都市の雰囲気の違いが、とてもよく描かれています。shine

 

 とくに、アルテがフィレンツェからヴェネツィアに移動して、交易都市、ヴェネツィアでの世界規模での新しい情報に目を輝かせる場面!

 

 いつの時代でも、人がより大きな世界を知って、心をときめかせる瞬間の気持ちというのは、そう変わらないのではないかと思わせられます。shine

 

 ヴェネツィアに行くと、女性の衣装がフィレンツェとはまたちょっと違っているというのも、女性としては見ていて楽しいところです。

 

 第5巻の表紙で、アルテが髪にヴェール(?)をつけているのは、ヴェネツィアのスタイルなのでしょうか?

 

 それとも単なる、当時の上流貴族のスタイルでしょうか?

 

 気になります♪

 

 それにしても、この時代の女性の立場の弱いこと。sign01

 

 考えられないような男性社会に、驚いてしまいます。sweat02

 

 そして、個人的には巻末の、作者とご主人がタヌキとキツネの姿になって登場する、「あとがきタヌキマンガ」も大好きです。heart

 

 作者とご主人が、仲良さそうなタヌキとキツネの夫婦の姿になっているところが、ほのぼのとしていてイイ感じです。sun

 

 また、ここでは作品を書いた時の裏話なども出てきて、それもおもしろいです。

 

 たとえば作品の中で描かれているパンは、はじめのうちは時代考証のとおりに、「美味しくなさそう」に描いているのですが、途中から読者を楽しませるために、美味しそうに書いている、というような話も出てきます。

 

 そのほか、当時の食べ物事情や結婚事情なども、「そうだったんだ~」と思わせられます。

 

 時代の雰囲気、場所の雰囲気、生活の様子などが、とても感覚的に伝わって来るというのは、このマンガを読む時の楽しみどころのひとつです。art

| | コメント (0) | トラックバック (0)

働きたくなるマンガ、「アルテ」が好きです♪

 最近「アルテ」というマンガを知りました。

 

 表紙の絵にひかれて手にとり、さっと内容に目をとおしてみたら、即、気に入って、ほとんどひと目ぼれの状態で読み始めました。shine

 

 舞台は16世紀の初頭のフィレンツェです。

 

 アルテは、あまり裕福ではない貴族の娘ですが、絵を描くことが好きだったので、画家になりたいと考え、職人の工房に弟子入りを申込みます。

 

 ところがどこに行っても、女だからという理由で、描いた絵さえも見てもらえません。(この当時、工房で働けるのは男性だけだったそうです。)

 

 門前払いの連続ですが、自分の道は自分で開くしかないと、勇気を出して最後の工房の門を叩きます。

 

 女だからという理由で、そのとっかかりさえもつかめないという、あまりにも大きな壁を前にして、でも、そこで負けないのがアルテです。

 

 怒りをエネルギーにして、はじめの壁を打ち破り、そこからは持ち前の明るさで、どんどん道を開いてゆきます。

 

 女の子らしいやわらかさと、男の子のような元気を兼ね備え、世の中に染まらない素直な心で、次々と出会う人を味方に変えていくアルテの姿は爽快です。shine

 

 また、このマンガは、現代にも通じる「働く」ということについて、いろいろな示唆を与えてくれるマンガでもあります。

 

 アルテが依頼主からの依頼を受けて絵を描く時、その絵はいったい誰のために描かれるべきなのか。

 

 絵を描くという行為の中でも、画家の中には様々な思いや状況があるわけですが、その中で画家が一番に考えるべきこととは、何なのか?

 

 アルテは、師であるレオとのやりとりで答えに気がつき、初仕事をやりとげます。art

 

 画家としてのアルテの働き方も素敵ですが、脇役で出て来る人たちの様々な働き方も、魅力的です。

 

 高級娼婦のヴェロニカさん。お針子のダーチャ。途中で出てくるパン焼き職人さんなど。

 

 中でも私が好きなのは、ヴェロニカさんの働き方です。shine

 

 高級娼婦という立場を、私がどの程度理解しているのかもよくわかりませんし、また、その立場を職業としてとらえていいのかもわかりませんが、作中のヴェロニカさんの働き方には、ある種の誇りさえ、感じます。

 

ヴェロニカさんは、自分が職業として人との関わりの中で提供するべき役割を、自分でしっかり、コントロールしています。shine

 
これは、この文章を書いている私自身が、むしろ(はじめの頃の)お針子のダーチャのように、仕事にふりまわされるようにして働いていることもあり、大変な尊敬を感じながら見てしまいます。

 

仕事を自分が動かすのか、それとも仕事に自分が振り回されるのか、これは現代にも通じる、働き方の大きなポイントではないでしょうか?shine

 
このマンガを読んでいると、私はどうしても「働く」ということについて考えたくなり、また「働きたく」なってしまいます。

 

作品の随所に、あまりにも魅力的な働く人の姿が出て来るので、私ももっと、より良い働き方をしたくなってしまうのです。shine

 

「アルテ」は現在、5巻まで読みましたが、5巻からは舞台がヴェネツィアに移って、アルテの新しい生活が始まります。

 

私としては5巻から登場した、強烈な魅力を放つ貴族のお嬢様、カタリーナが可愛くてたまりません。ribbon

 

まだ子どもながらも、どう見ても、絶対に時代には染まりそうもない、はっきりとした個性を感じさせるカタリーナ。thunder


 
この子も、どんな生き方をしていくのか?

 
将来がとても楽しみです。cherryblossom

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日本人は、どうしてデモをしないのですか?

 数年前のことです。

 

 ある自主上映映画の上映会があり、都内の某有名私立大学へ出かけて行きました。movie

 

 上映会の後に、主催者を中心とした懇親会があり、私も参加させてもらいました。

 

 そこには主催者である大学の先生や学生の方々と、上映された映画の関係者、そして留学生やボランティアの方々が集まっていました。

 

 皆さん、その私立大学の関係者がほとんどですので、私にとっては、とにかく頭の良い人たちばかりです。

 

 ボランティアの方たちが作って下さったお料理をいただきながら、その日の映画のことや、映画に関連した経済のこと、それから世の中一般のことなどについて、発言形式でいろいろなことをお話していました。

 

 その中で、参加されていた、ひとりのアメリカ人の先生がその場の参加者に、ある問いかけをしました。

 

 それは「日本人は、どうしてデモをしないのですか?」という問いでした。

 
参加者の大部分は日本人だったと思うのですが、不思議と誰もこの問いに、はっきりとした答えができませんでした。

 

 私も考えてみたのですが、どうもその質問がピンとこないという感じで、なかなか答えが浮かびませんでした。

 

 ひとりの日本人の参加者が、「日本人はデモのような強い表現よりも、キャンドルを灯して意思表示をするような、穏やかな表現の方を好むのだ」ということを、繰り返し説明していましたが、それは今ひとつ、先生には感覚的に伝わっていない様子でした。

 

 また、ヨーロッパ出身のある参加者は、自分の国ではデモはめずらしくないことだと、話していたと思います。

 

 私は発言しませんでしたが、頭の中でぼんやりと、いくつかの考えが浮かんでいました。

 

 デモというのは、普段から社会活動をしているような、特別な人たちがするものだから。

 

 あえてデモをしてまで、自分の意思を表明したいような状況でもないから。

 

 デモなどやっても、どうせ世の中は変わらないから。

 

 だいたいデモに行くなんて、時間もかかるし面倒だから。(そのような活動に、自分の時間を使っても、自分の時間がもったいない。)

 

 だいたい、そのようなことでしたが、それでもその中の、いったいどれが自分にとって、一番大きな答えなのかはわからないままでした。

 

 それから数年がたち、世の中の状況が少し変わりました。

 

 そんな頃、たまたま以前の職場の同僚たちと集まっていた時に、ある同僚が駅前の広場をとおりながら言いました。

 

 「私、この間、ここでデモに参加して歩いたのよ」と。shine

 その方は、原発反対のデモに参加したそうです。

 

 意外なところから「デモに参加した」という言葉を聞いて、私の中のデモというものに対する垣根が低くなりました。

 

 その方は決して特別な活動家というわけではなく、私にとってはまったく普通の同僚だったのです。

 

 そしてさらに数年がたった後、今度は私もはじめて、デモに参加しました。shoe

 

 仕事が終わった後に出かけていって、とくに大声を上げたりはしませんでしたが、知らない人たちと一緒に大勢で、日比谷音楽堂から国会議事堂に向かって歩きました。

 

 周囲はみんな普通の、静かな人たちでした。

 

 11月の寒い夜でした。night

 

 荒々しくもなく、キャンドルこそ持ってはいませんでしたが、主催者以外の多くの人はほとんど静かに歩いていました。

 みんな、その時に決められてしまいそうな法律が嫌だったので、「その法案は嫌だ」という意思表示のために歩いたのです。

 

 その法案は結局、ずいぶん無理矢理、可決され、翌月には法律になってしまいました。

 

 あれから同じような経過で、何件の法律が決まってしまったことでしょう。

 

 いちいちデモに行っていたら、こちらの生活がもたなくなってしまうようなペースで、次々と法律が作られてしまいます。sweat01

 2017年3月の現在、今度は共謀罪、そして次はいよいよ憲法改正でしょうか。

 

 今までの流れを見ていると、たしかにデモが行われても、結局、法律は決まってしまうようです。

 

 それでも私はこの最近、あの日のアメリカ人の先生の問いかけを、何度も思い出してしまうのです。

 

 日本にいると、デモなど「ない」という状況が普通です。

 

 でも、日本の外に出て見れば、そこにはまったく違う「普通」があるのでしょうか?

 自分の信条とは違う方向に、政治家が何かをしようとするならば、とにかく「自分は嫌だ!」と主張する文化があるのかもしれません。

 

 最近、私は、ようやくあの夜の先生への答えに気づきました。

 

 「日本人だって、本当に嫌だと思った時は、数は少ないけれどデモをします。ただあの頃は、まだまだ世の中が穏やかだったから、わざわざデモに行くほどのことでもなかったのです」。shoe

 

 それならば、日本人にとっての「デモをするほどの出来事」とは、いったいどういう出来事なのでしょう?

 

 もしもあの晩、私が答えられていたとしたら、その先、もっと興味深い話し合いを、私は聞くことができたかもしれません。

 

 あの頃は、自分がまさかデモに行くなんて、まったく思ってもいなかったのですが。

 

未来というのは、本当にわからないものだと思います。pen

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2017年2月 | トップページ | 2017年4月 »