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昨年の夏の方がこわかった

 今日はまだ暑かったのですが、やはりもう「夏は終わった」という気分です。sun

 

 そしてふり返ってみると、今年の夏は、昨年の夏とは少し違っていたと思います。

 

 一般的な意味での夏としては、今年は多少お天気がおかしかったという程度です。rain

 

 でも、こうしたブログを書いている私としては、昨年の夏と今年の夏では、大きく違っていると思うことがあります。

 

 それは、昨年の夏の方が、私は世の中の雰囲気がこわかった、ということです。

 

 昨年の夏は、本当に気味の悪い感覚に苛まれた夏でした。

 

 昨年の夏、7月21日頃から私は、沖縄県の高江における機動隊と住民の騒動と、それらが本土ではまったく大手のメディアによって放送されないという不気味さに、すっかりこわくてたまらない気持ちで過ごしていました。

 

 ちょうど8月下旬にある大学で、日本の法制度に関する講演を聴いていたのですが、その時に法律のお話を聴きながら、とても奇妙な気分になったことを覚えています。book

 

 その場所は都内のある有名な私立大学で、その会場にいた百数十人の人たちは、おそらくほとんどが本土の人でした。

 

 本土の人たちはおそらく沖縄の、それもテレビや新聞でほとんど報道されない出来事を、知っているはずなどありません。

 

 静かな会場で法律のお話を聴きながら、私の頭の中には、その時もまさしく現在進行形で起こっていると思われる、高江の住民と機動隊の騒動がありました。

 

 数日前に80代の車いすの女性が手に数針、縫わなくてはいけないほどの怪我をした後だったと思います。

 

 日本の法制度の歴史について聴きながら、その時でも時折ちらりと頭の中に、「今日もまた、住民側に怪我をした人が出ているのかもしれない」と、不安な気持ちが騒ぐのでした。

 

 法治国家の静かな講演会場で、法律に関する講演を聴きながら、私の頭の中では、機動隊が住民相手のもみあいで、住民に怪我をさせているという事実を、日本の法律の枠組みの中で、合法であるのか、非合法であるのかもわからずにいました。

 

(あの出来事に関しては、今でも合法なのかどうかがわかりません。機動隊は、機動隊の排除に従わない住民に怪我をさせることがあっても、法律上は、問題はないということになっているのでしょうか? それが犯罪者ではなくて、ただの抗議活動であるとしても?)

 

その時点でもう1か月以上も本土では、高江の出来事に関する「メディアの黙殺」が続いていました。

 
不安と思考の混乱に耐えられず、私は思わず、壇上の先生に質問をしていました。

 

それは、先生がご用意されてあった講演の内容とは、まったくすじがはずれた質問で、それでもその時の私には、何かの希望がほしかったのです。

 法律…、弁護士、…、法律…。

 法律の専門家?!

 何かが、関係があるような…。

 「何かをうち破りたい!」という気持ちが、私の背中を押しました。thunder

 
「警察の組織が、無抵抗で活動している住民に、しかも老人に大怪我をさせてまで、国家の命令に従わせてもいいとするならば、それはいくら国家の意図だとしても、法律に反しているということにはならないのでしょうか? その状態が合法で問題はないとするならば、それは法律の方が誤っているのではないでしょうか!」。

そこまで自分の言葉をまとめる力もなく、意気地なしの私は、およそ150人の高江の出来事を知らない人の前で、そしておそらく壇上の先生も本土で報道されないその出来事をご存じないという中で、私はおそろしくて、高江の出来事が本土では報道されてもいないということさえ、言葉にすることができませんでした。

 

頭の中を思考が走っていました。

 

「報道の自由は日本の憲法で保障されていた?」。

 

「ううん。あれは言論の自由だった? 報道の自由は? ああ、もっと憲法の内容を正確に覚えておくべきだった」。

 

「ああでも報道機関なんて、結局はただの『株式会社』じゃない?! 何かを報道しなくてはいけないという責任なんか、おそらくない」。

 

「機動隊に住民が怪我をさせられていると言う出来事が、まさかこの日本の本土で報道されないなんて、なんておそろしい!」。

 
(ああ、でも、とにかくこの状況をうち破りたい!)thunder

 先生が、お優しい先生だったのは幸いでした。

 

150人もの聴講者の前で、何も変えられなかったけれど私は、みじめな敗北感には泣かずにすみました。

 

先生への感謝の気持ちと一緒に、何も言えなかったけれど、心の中で思いました。

 

いつか、もう2度と、こんなことが2度を起こらない社会にするには、どうしたらいいのだろう?

 もっと何か、いろいろなことを知らなくては…。

 

 そんなことがあった昨年の夏に比べれば、今年ははるかに負担の少ない夏でした。

 

 高江の出来事はその後も、たいして報道されませんでした。

 

 数か月後の機動隊員が「土人!」と叫んだ映像は、さすがに本土でも報道されました。

 

 その後も沖縄では、いろいろな住民が怪我をするような事態が起こっていて、それらは本土ではたいして放送されません。

 

 でももう、今年の夏は本土でも、いろいろな人たちが知るようになったことがあります。

 

森友学園問題や共謀罪の成立で、たくさんの人たちが現在の政権の行動を見ています。

 今年、その不安な感覚を知っているのは、もはや私だけではありません。shine


 今年の夏は、一昨年のような普通の夏でした。

 

 空が明るくて、うんざりするほど暑くて、奇妙な雨が続いた、かすかにおかしな夏でした。

 

 でも、社会の綻びに私だけでなく、もっとたくさんの人たちも気づいていて、不安が共有されている夏でした。

 

 戦争のテレビ番組がやけに多く、内容がやけに踏み込んでいて、深かった。

 

 ひまわりが明るく咲いていて、冷たい飲み物もずいぶん飲みながら過ごした、普通の夏でした。sun

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