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2018年5月

今日の「カンブリア宮殿」

 つい先ほどまで、テレビ東京の「カンブリア宮殿」を見ていました。tv

 

今日の紹介企業はドラッグストアの「ウエルシア」です。

 

 経営の仕方も、経営の信念もとても素敵でした。

 

 どのように素敵かと言いますと…。

 

それはまた後日です。(笑。まだ頭の中でまとまっていないので。)

 

 でも、お金を儲けることよりも、事業を行うということの方が重視されているというそれだけでも、すでにもう十分に素敵です。

 

 そしてもちろん、それだけではなくて、本当にいろいろなところが素敵でした!

 

shine(^^)shine

 

*リンク先は「カンブリア宮殿」のサイトです。

http://www.tv-tokyo.co.jp/cambria/

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言葉の解像度(2)

 25日金曜日に、テレビ朝日の報道ステーションで「言葉の解像度」というお話をされた生物学者というのは、青山学院大学教授の福岡伸一先生でした。tv

 

*リンク先はgooテレビ番組で、放送内容です。shine

https://tvtopic.goo.ne.jp/kansai/program/abc/25504/712579/

 

*こちらのリンク先は朝日新聞デジタルで、やはり福岡伸一先生のお話です。

http://www.asakyu.com/column/?id=885

 

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言葉の解像度

 さきほど、テレビ朝日の報道ステーションを聞いていたら、ゲスト出演者の、たしか生物学者の方が「言葉の解像度」という言葉をお話されていて、とても印象に残りました。tv

 

 「言葉の解像度」というのは、例えばこの最近の日大アメフトの会見を例としてみると、加害者の立場となってしまった学生さんの会見は、監督、コーチ、学長の会見よりも、一番「言葉の解像度」が高かったので、その内容は信用されやすい。(信用しやすい。)つまり信用ができるということです。

 

 言葉の解像度というのは、もしかしたら具体性ということなのかもしれません。

 

 ちなみに、その先生によると、科学という世界は「言葉の解像度」がとても高いのだそうです。shine

 

 これはおそらく「自然科学」ということなのだと思いますが、この言葉には、とても納得ができる感じがしました。

 

 というのは私が経済学に興味を持った時、とても驚いたのが、「言葉のあいまいさ」だったのです。(ちなみに経済学は「自然科学」ではなく、「社会科学」になります。)

 

 経済学というのは、「このような手に触ってたしかめることもできないような概念を頭に入れてから、勉強しなくてはいけないものなのか」と本当に驚きました。(私は一番はじめの限界効用から、すっかり嫌になってしまいました。笑)

 

 自然科学というものは具体的なものなので、どうしてもこの「言葉の解像度」が高くなり、多くの人が正確にその認識を共有して、研究を進めていく世界なのかもしれないと思いました。

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本:「会計学の誕生」(渡邉泉著)

 3月の、会計の歴史のレポートを書いていた時に手に取りました。

 

 その時はレポート用に必要なところだけを読んでいたのですが、今はもうレポートを書く必要もないので、のんびり自分のペースで読んでいます。

 

 800年にわたる会計の歴史が書かれてある本ですが、おもしろいです。shine

 

 というのは、簿記や会計というのは人間の社会における「制度」なので、制度がどのように変遷してきたかということばかりに着目して説明をされてしまうと、どこか地に足がつかないような感覚でつまらなくなってしまいます。

 

 ところがこの本は、つねにつねに(!)、地に足がついた感じでつづられていくのです。

 

 13世紀の出来事を読みながら、それなのに現代につながる「人の気配」が感じられるというところは、私にとってはとてもおもしろい会計の本です。

 

 写真や表も具体的で、読んでいるとまさに著者に案内されながら、800年の時間を昔からたどってくるような楽しさがあります。

 

 世界最古の帳簿の写真、スンマの写真、ステフィン、アダム・スミスの像の写真など、文章の合間に織り込まれた写真は、白黒であってもきれいで楽しめます。shine

 

 私がとくに親しく思ったのは、19世紀半ばのイギリス、ダウライス製鉄会社の比較貸借対照表の部分です。この当時はまだ、キャッシュ・フロー計算書は作られていませんでした。

 

 ダウライス製鉄会社は1863年、財務諸表上で利益が出ていたので安心して、新しい溶鉱炉の建設に着手します。ところがいざ、代金を払おうとすると、現金がないことに気がつき、工場長は驚き頭を抱えます。(!)

 

 財務諸表上ではたしかに利益は出ていたはずなのですが、「利益はどこに消えたのか?!」です。(まるで、ミステリー!!!)

 

 現代であればこそ、そこで何が起こっていたのかは、すぐに思いつくことかもしれません。でも当時は、それは「驚くべきこと」でした。

 

その後、ダウライスの工場長は業績が回復した後で、その時の「謎」を解くために、業績が不振だった時と、回復した時との比較貸借対照表を作ります。そして次のような言葉を取締役に手紙で伝えるのです。

 

同書、136ページより、引用始め

 

 利益だと思っていたのが、実は、お金ではなく在庫であることに比較貸借対照表を作って初めて気がつきました。

 

引用終わり

 

!!!

 

 これは、キャッシュ・フロー計算書の必要性について理解したい経理事務員にとっては、すごく伝わりやすい表現ではないでしょうか?

 

 貸借対照表というのは、現金以外の資産も含んでいるので、資産から負債をマイナスした結果の利益が大きく算出されても、そのわりに、資産の中の現金部分は案外少ししかなかったということも起こり得るのです。

 

ダウライス製鉄会社の場合は、資産の中では在庫が金額的に大きかったため、貸借対照表上では利益は出たものの、資産の中の現金の部分が少なかったので、支払いには足りなかったということです。

 

製鉄会社という大きな事業において、このようなことが起こったら、本当に驚いたことだろうと思います。まさに「利益はどこに消えたんだ?!」と、財務諸表の中を探しに行きたくなるでしょう。

 

比較貸借対照表を作ることでこの現象に気づいたダウライスの工場長さんは、会計の世界における貢献者のひとりだと思います。shine

 

この本はほかにも、1830年のリヴァプール・マンチェスター鉄道が開通した時には、早速、鉄道事故もまた起こってしまい、スティーブンソンが自分で蒸気機関車を運転して、怪我人を病院まで運んだ話とか、また、会計における減価償却の提案者はイギリスのエンジニアだったというような、いろいろと興味深く、そして人間らしい会計の話がたくさん出てきます。

shine(^^)shine

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違法性よりも暴力性の方が問題です。

 4月は新潟の米山知事が辞任し、また財務省の福田事務次官も辞任しました。

 

 どちらも結果は辞任です。

 

 ただ、私としてはその経過を見ていて、なんとなく釈然としない気持ちが心にありました。どうしても、米山知事よりも福田前事務次官のセクハラの方が、悪質であるという気持ちがしたのです。

 

 でもそれが、どういう感覚なのかが、なかなかわかりませんでした。

 

 ところが最近になって、その「釈然としない気持ち」がはっきり説明できるようになりました。

 

 米山知事よりも、福田前事務次官の方が、行為としての暴力性が高いと思うのです。

 

 米山知事の方は、違法であるそうですが、所詮は成人同士の両者が納得し合っての行為です。相手の女性は何らかの「被害」を訴えているというわけではありません。ちゃんと約束どおりのものを得ています。

 

 ところが福田前事務次官の場合は、相手の女性は福田前事務次官の行為に対して「嫌だった」という意思表示を示しているのです。

 

 相手が嫌がっていることを無理矢理しようとしたならば、それは身体的であれ、精神的であれ、暴力性があると思います。

 

 法律を守るということは、社会においてはたしかに大事なことです。

 

 でも、法律を守るということよりも、人間の世界でもっと大切にしなくてはいけないのは、「人が嫌がることは、しない」ということであり、それはつまり身体的であれ、精神的であれ、あるいは社会的であれ「暴力的なことはしない」ということではないかと思います。

 

 その点において見ると、福田前事務次官の行為というのは、違法ではないのかもしれませんが、米山知事の行為よりも、はるかに悪質であったと思うのです。

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