このブログの結論です。

結論です。(その16)参考にした思想や理論です。

結論を導き出す時の参考にした、思想や理論です。

 

 

地球規模オペレーティング・システム

 

「不思議の国のNEO」という、未来のお金を題材にしたSFの物語の中に出てくる考え方です。地球上の資源を効率的・効果的に融通しあうための情報システムなのだそうです。

 

(私が思いつくような、単純に「地球上にある資源や労働力を、無駄に使い過ぎたり、生産し過ぎて無駄にしてしまうことを防止し、また、作りすぎてしまった生産物は、減価する前に無駄なく使ってしまおう!」と、融通し合うようなアイデアと、同じなのか、違うのかは、よくわかりません。どうもコンピュータの世界のお話らしいので、コンピュータの技術や、ソフトウェアのお話なのかも知れません。)

 

携帯用リンクはこちらです。

 本の著者である斉藤賢爾さんは、慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科講師とのことです。

 

 この本にはある特徴があって、それは「頭の良い、真面目な人が読むと難解な本であり、その反対に、あんまり頭がよくなくて、難しいことを考えない人が読むと、ものすごく楽しい♪」ということのようなのです。

 

 私はもちろん、ものすごく!楽しく読んでしまいました…。

 

 

★スマートグリッド型電子マネー

 

私のスピリチュアル・アート(私の場合は「お絵かき」ですが…)の先生である、絵描きさんの八坂圭さんの発想がもとになっています。

 

八坂圭さんのサイトはこちらです。

http://yasakakei.com/

 

 

★「お金のいらない国」

 

長島龍人さんという方の、未来の社会を想像した、ファンタジーの世界のお話です。

 

長島龍人さんは、「人間は、お金のいらない世界になっても、ちゃんと働く」と考えていて、私もそう思います。shine

 

社会の生産力が低い時代には、人間はお金をもらって、自分が生きるために働きますが、社会の生産力が高くなれば、人間が生産にかける時間はとても短くなるはずです。そしてそうなった時でも人間は、きっといろいろな形で自発的に働いていると思います。shine

 

その時の労働はもう、資本主義社会の労働のように、苦しいものではないはずです。

 

龍人さんの落語のように、もしも働いて、誰かに「ありがとう!heart」などと言われてしまった時には、もううれしくて、もっと働きたくなってしまうかも知れません。(^0^)

 

長島龍人さんのサイトは、こちらです。

http://www2u.biglobe.ne.jp/~nagaryu/indexokane.html

 

 

★「人間神化論」のようなもの。

 

特定の宗教というよりも、スピリチュアルの世界によくある、「人間は神を現すために、生きている」という思想です。

 

単なる思想なので、そう思う人もいるでしょうし、また、そうではないという人もいると思いますが、私はこの記事を書くために、生活循環のくり返しの意味recycleについてとらえた時、「人間って、本当にそうなのだ」と思いました。

 

 人間ひとりひとり、1日単位の生活循環が繰り返されながら、社会の時代が進むと、人間はどんどん新しい科学技術を開発します。

 

それに精神面でも、歴史を振り返ってみれば本当にその通りだと思います。

 

世界史を見てみれば、まだほんの500年前にはネイティヴ・アメリカンや黒人奴隷が大量に酷使されていたし、文化人類学を学べば、100年ほど前には博覧会で、少数民族の生活を提示するというような、非人道的なことをしていました。

 

 現代ではそのようなことをすれば、非難を浴びると思います。

 

遅々とした「神化」かもしれませんが、それでも人間の精神も少しずつ、動物的であった状態から、shine知性的で、愛深くなっているのだと、私は思います。heart

 

 

★生活循環

 

 本当に経済学の世界の理論であるはずなのですが、なぜかインターネットでは検索ができませんでした。私が聞いているお話では、20年ほど前の、放送大学の中鉢先生(ちゅうばち先生、苗字しかお聞きしてありません。)という先生の授業の内容にあるようです。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

結論です。(その15)参考にした資料です。(3)

 宗教、スピリチュアル系の本は、とても役に立ちました。


「天と地をつなぐ者」五井昌久著

 

携帯用リンクはこちらです。


 私が以前に信仰していた宗教の、創始者の自伝です。一部、お金に関する印象的な逸話があります。

 

 著者の五井昌久さんは宗教家として活動を始めた当初、生活も不安定でしたが、妻となる女性はもう決まっていました。その女性は昭和25年のある日、親の反対を押し切って小さな荷物だけを手に、五井昌久さんのところにやってきます。五井昌久さんはその時、講話のために集まっていた人々に、「今日から私の妻になる人です」と紹介します。その当時、五井昌久さんは、出張先々を泊まり歩いていた状態だったので、その時のお二人には、その晩の宿さえ決まっていませんでした。

 

 五井昌久さんの中には、「なくてはならぬものはその人に与えらるる」という信があったそうですが、その信は、その日のうちに現実になります。

 

その晩、講話の後の個人相談の、最後の相談者の相談は、「ある額のお金が必要なので、部屋を借りてくれる人がほしいが、是非1日も早く私の願いが成就しますように」という内容だったそうです。五井昌久さんには、お金は無かったのですが、ちょうどその時、その日奥様となった女性がまさに、その金額のお金を持っていました。時刻は午後11時30分頃だったそうです。

 

 この逸話から、私は具体的に何を読み取ったのかは、自分でもはっきりとはわかりません。ただ、経済的に何かの取引が発生する時には、タイミングというものが、とても重要な役割を果たしているのだと思いました。

 


★「あるがままに生きる」足立幸子著




携帯用リンクはこちらです。

 足立幸子さんは、いわゆるスピリチュアル・アートのアーティストなのだと思います。「お金というのはエネルギーなのだ」と言っていて、生活循環と交換について考える時に、参考になりました。

 
私の過去の記事ですが、こちらの記事もご参照いただけましたら幸いです。

http://go-go-lemming.cocolog-nifty.com/daigakusei/2009/08/index.html



 足立幸子さんのお話では、「お金は、払う寸前に入ってきて、払ってすぐに残高がゼロになるのが、本来の調和だ」いうことです。私にはその意味が、ずっとわかりませんでした。

 

でも最近になって、「お金とは人間同士の、貸借の関係を表示する時にだけあればよい道具なのだ」ということがわかった途端、理解ができました。このお金のあり方は、よく考えてみると「スマートグリッド型電子マネー」の状態なのだと思います。

足立幸子さんの作品のサイトです。

http://www.e-aromalife.com/falf/sachi_info.htm



★「神との対話②」 ニール・ドナルド・ウォルシュ著



携帯用リンクはこちらです。

この本は、著者のニールさんと、「神」なる存在との、対話の記録ということになっています。

 

世の中のお金を完全に電子マネーにしてしまうと、プライバシーに関する主張が出てくると思います。ところがこの本の中の「神」なる存在は、金銭的な取引はすべてオープンで、見えるようにしてもいいではないか?と言うのです。

 

たしかに世の中のすべての資産運用を廃止した場合、お金をたくさん持っている人というのは、世の中にたくさんの役に立つ仕事を提供した人です。その人が持っているお金は、その人の正当な労働の報酬です。どうしてそれを、わざわざ隠す必要があるのか、わからなくなります。

 

また電子マネーであれば、お金をたくさん持っていたとしても、ぬすまれる心配もないのです。

 

そして「神」なる存在の言うことには、進化した社会では、お金をたくさん持っている人たちは、自発的に、社会のためにお金を払うというのです。

 

「神」なる存在はまた、「完全にオープンな国際通貨制度を作り、貸し方、借方で表示をすればいい」ということも言っていて、新しい通貨制度のアイデアまで示してあります。

 

それは私の考えたアイデアとは、また少し違うものですが、とても参考になりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

結論です。(その14)参考にした資料です。(2)

 記事の中の会計に関する部分は、ほとんど慶應義塾大学の友岡賛先生の本を読み、考えました。pen

 

★「株式会社とは何か」

 

 「エンデの遺言」に出会って経済について考えるようになるまで、私は本当に世の中のことに知識がありませんでした。20代になって働くようになってからも、さらには30代になって外資系企業の経理事務員になってからも、「会社というのはみんなで集まって、世の中の役に立つ大きな事業をするためにあるのだnote」と、まったく疑いもせず、信じていました。

 

 そうなると当然のことですが、会社のしている行為というのが、あまりに非人間的で、心ないことであるように思えてしまい、働くことが心理的に辛く感じられてしまうので、しょっちゅう心の中で怒ってばかりいました。

 

 ですのでこの本を読んで、「株式会社って、株主の資産運用のために、あんなに利益を追求していたのだ…」と知った時の衝撃ときたら……!!!

 

 思わず息が止まってしまい、頭の上から空が落ちてきて、足元の地面が突然崩れ落ちてしまったかのようなショックでした。(大げさな表現ではなくて、本当にそれぐらいびっくりしてしまいました…。)(^^;)

 

この本に出会ったのは5年前ですが、今ではちょっとしたなつかしい思い出です。世の中のことを何も知らず、ただ子どものように怒って、不満をためていたあの頃の自分を思い出すと、「私って本当に、何も知らなかったんだな…」と、思います。

 

携帯用リンクです。

★「12歳からはじめる賢い大人になるためのビジネス・レッスン 『会計』ってなに?」  

 12歳ぐらいの子どもを対象に、会計と株式会社について説明をした本です。とてもわかりやすく説明されています。

 

 私はこの本は、(ものすごく大胆な発想ですが、)日本中の中学生の副教材になってもいいのではないかと、思っています。また企業で働く新入社員と、すべての経理事務員も、読んでおいた方がいいのではないかと思います。株式会社が理解できないと、過去の私のように、会社のしていることが理解できなくて、本人は出世を望みながら、とんちんかんな仕事をやりかねないからです。(^^;)

 

 この本は、将来、資産運用をする家庭の子ども向けですが、雇用されて働く立場の家庭の子どもたちのためにも、知ってほしい内容だと思います。株式会社について知ることは、世の中の仕組みの、重要な部分について知ることでもあるからです。

 

 ちなみに著者は、子どものうちからこうした投資などについて勉強をすることは、あまりよいことだとは思っていないということなのですが、私は著者のこうした、さじ加減のきいた「ゆるめ」の表現がけっこう好きです。それで、自分とはおそらく反対の立場の本であろうと思うにも関わらず、著者の書く会計の本が好きなのだと思います。

 

携帯用リンクです。

★「なぜ『会計』本が売れているのか?」

 この本は2007年に書かれた本ですが、その頃に流行っていた「会計本」について書いている本です。かまえずに、軽く読めてしまう本ですが、このブログを書く上ではとても参考になりました。

 

 会計が写像であるというところ。利益には実態というものはないというところ。それからどういう行為が、会計の写し取り方の話であり、どういう行為が経営の話であるかというあたり。会計と経営の関係について考える過程は、おもしろかったです。
 

携帯用リンクです。



 私は会計の本の中では、友岡賛先生の本がとても好きなのですが、それは会計という行為について書いてありながらも、著者の本の中にはいつも「人間」の存在があるからです

 

会計という行為は決して、ただの「簿記」ではなく、人間の、何らかの思惑や発想があって、成り立っているものだということがわかると、それまでは無機的でつまらなそうに思えていた会計という世界にも、なんとなく人間的な気配が感じられてくるようで、ちょっとおもしろそうな感じがしてきます。shine

| | コメント (0) | トラックバック (0)

結論です。(その13)参考にした資料です。(1)

 「エンデの遺言」の解明例を導きだすために、参考にした資料です。

 

★おなじみの、ミヒャエル・エンデの「モモ」のDVDです。



(携帯用リンクです。)

 実を言うと、私はエンデの文章が苦手で、自力で「モモ」を完読することができませんでした。(小学校5、6年生向けの本なのに…。)(^^;)

 

 エンデの文章は、具体的でない表現が多いのか、言葉から情景を想像することが難しかったと思います。

 

 この映画は十数年前に、たまたま深夜のケーブル・テレビで放送されていて、なんとなくタイトルも知らずに見始めました。表現されている内容がとても深く、そして美しい映画だと思います。衝撃的でした。shine

 

 この映画を見てから「モモ」のお話を好きになりました。heart


★こちらは岩波書店版の「モモ」です。shine

(携帯用リンクです。)


★こちらは、「エンデの遺言」に興味を持った方には、もっとも読みやすい情報源かと思われる2冊です。

 

(携帯用リンクです。)


★この本は、もう手に入れることが難しい本なのかもしれません。

10041_

 ゲゼル研究会という団体から発行されている、「自由経済研究」という冊子のバック・ナンバーです。第14号で、1999年11月25日発行となっています。

 

 「エンデの遺産」という特集が組まれてあり、私はその中のどの記事も好きなのですが、中でも一番好きなのはヴェルナー.オンケンさんの「経済学者のための『モモ』入門」です。shine

 

 論文と書いてあるのですが、エンデの『モモ』と同じぐらい(と、私は思うのですが)、とても美しい文章だと思います。私は、この文章の宮坂英一さんという方の日本語訳がとても気に入っていて、いつも、とても心地よく、エンデの「モモ」とはまた違った、でもとても心を魅かれる、オンケンさんの「モモ」の世界を感じることができます。

 

 「経済学者のための『モモ』入門」は、横書きのPDFであれば、こちらのサイトからダウンロードができるようです。

http://www.grsj.org/book/book/jiyuukeizaikenkyuu.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

結論です。(その12)エンデの「モモ」に立ち返る。

 エンデの「モモ」の物語の中で、モモが時間どろぼうにうちかつシーンのクライマックスは、モモが持っていた時間の花を、最後の時間どろぼうに渡すか、渡さないかでした。

 

 モモは、渡しませんでした。

 

最後にひとり残った時間どろぼうは、「いいんだ―――これでいいんだ―――なにもかも―――おわった――」とつぶやいて消えてゆきます。

 

 「時間の花」とは何なのだろう?と、このブログを書きながら何度か考えました。

 

 カシオペイアにうながされて、モモが時間どろぼうの貯蔵庫をあけると「ガラスのようにこおりついた無数の時間の花」が解放されます。エンデはこの花について、「なん十万、なん百万という人間のいのちの時間shine」と表現しています。

 

 「時間どろぼう」について、エンデはマイスター・ホラの場面で、「人間の姿をしているもの」、また「ほんとうはいないはずのもの」と表現しています。「死んだもので、いのちをつないでいる」とも表現しています。

 

 エンデの表現は、ひとつの言葉が和音のように、多重の何かを表現しているような気がしてしまうので、何が正解なのかはわからないと思います。

 

 でも私は、言葉のかけらをつぎ合わせるようにして、次のような出来事を見出してみたいと思います。

 

 お金は、人間のいのちをつないでいるものであり、「いのち」とは、人間が生きている時間のこと。人間は、自分の生きている時間は、自分の意思で時間を使えなくてはいけないのに、時間どろぼうの存在をゆるしてしまったために、自分の意思では時間を使えなくなっている。

 

 仕事は本来その人らしく、その人の速さで、愛情をこめてなされるべきものなのに、時間どろぼうの存在によって、せかされている。

 

 「時間どろぼう」とは、本来数値でしかないお金が、人間の「仕事」の価値と同等に、その存在の価値を主張しはじめた、「お金がお金を生む」とされている、資産運用のこと。まるで「生きている存在」のように、時間どろぼうの仕事は活動的で、お金は無限にどこかにしまわれていくが、その時に人間の生活は、仕事の報酬が増えなくなり、幸せを感じるはずの時間が失われ、物質的な豊かさの中で、どんどん生活が「うすっぺら」なものになっていく。

 

 お金をただの数値だと見なした時、時間どろぼうは「時間の花」を失い、消えていく。そして人間の、「自分の意志で使える時間shine」がもどってくる。

 

 こんな感じです。

 

★★★

 

 物語の中で、「時間」について、「一種の音楽」なのではないかとモモは考えます。shine

 

 「そうかもしれない」と、私も思います。

 

 音楽には、それぞれの曲に合った速さがあり、なんでもかんでもただ「速ければいい」というものではないからです。人間の仕事や生活もそうで、一番良い生活の仕方や、働き方ができる速度というものがあると思います。

 

そうしてそれぞれに合った適切な速さで、誇りを持って、それぞれの生活と仕事をしている時、人間は楽しさと幸せを感じると思うのです。

 

shine

「道路掃除婦ベッポの働き方が、好きだ」と言う人は、多いと思います。

 

この物語を、気をつけて読んでみると、エンデが「仕事」というものに、何度も注意を寄せていることに気がつきます。

 

エンデはただ、「人間の自由な時間がたくさんもどってくればいい」と考えていたわけではなくて、人間の「仕事」というものを、とても大切に考えていて、働く人たちの「尊さ」のようなものを、とても大切にしたかったのだと思います。

 そのことはベッポが、モモの身の代金を稼ぐために、せかせかと、仕事への愛情など持たずに、ただただ時間を節約するためだけに、働かざるを得なかった時の表現に現れています。

 
「こういう働き方をすることで、彼はじぶんの心の底からの信念を、いやこれまでの生き方ぜんぶを、否定し、裏切ったのです。それを考えると彼はじぶんのしていることがたまらなくいやで、吐き気がしそうでした。」

 この表現を読むと道路掃除婦のベッポがそれまで、どれほど自分の仕事に誇りを持って働いていたのかがわかります。そしてエンデの思いもまた、伝わってきます。

 
そのようにしてふり返ってみると、このお話は本当に「経済のお話だった」と、言えると思います。

 

★★★

 

この一連の記事を書くことで私は、資産運用をしている人たちを批判したかったのではありません。

 人間がまだ「形のあるお金」しか作れなかった時代には、お金はとても大切なものだったので、金利や資産運用という発想も、十分考えられることだったと思うのです。


でも今、人間が電子マネーの技術を手にした現在、このあたりで、この「お金」というものについて、もう一度「見直し」があってもいいのではないか?と思います。

 

そうすれば、世界のどこかで困っている人たちが、たくさん救われるかもしれないと思います。

★★★

最後になりましたが、文中で何度も出てきた「生活循環」という言葉は、もともとは生活経済学、労働経済学、消費経済学の世界の言葉だそうです。

 

私は自分で考えた図だと思っていたのですが、大学の授業の中で、先生が黒板にその図を書いていらした時に、とてもうれしかったのを覚えています。

 

私はブログの中で少しアレンジしましたので、もともとの大学のノートと、私がアレンジしたスライドを提示しておきます。

1

2_4

 まだまだ中途半端な状態で、読みにくい文章だったと思いますが、この一連の記事を、最後までお読みいただきまして、どうもありがとうございました。心より、感謝申しあげます。

*文中の「モモ」の引用は、岩波書店発行「モモ」、大島かおり訳によるものです

| | コメント (0) | トラックバック (0)

結論です。(その11) 現行のお金の問題点(株式会社2)

(前の記事の続き)

 

経営者が会社のお金で経営を始めると、お金は次のように動き始めます。経営者は、何かを作るために材料などを買い、従業員にお給料を払い、そして出来上がった製品を売って、お金を受け取ります。

 

 もしも一定の期間の間に、受け取ったお金の方が、使ったお金より多ければ、この時、受け取ったお金と使ったお金の差額が、利益です

 

3

 

 この利益の中から、借りていたお金を返し、株主に配当を払い、経営者のお礼も払います。基本的に利益が多ければ、株主に出せる配当は多くなり、お金を増やしてほしかった株主は喜びます。dollar

 

 そこで経営者は、お金をなるべく使わないように気をつけ、同時に製品を売る時は高く売ろうとします。

 

 「お金をなるべく使わないようにする」ということは、材料を買う時は少しでも安くし、従業員に払うお給料はなるべく少なくするということです。こうして経営をするのに必要なお金を節約します。そうすれば利益は大きくなります。

 

 この時、注目しておくべきことは、「利益というのは、『何かを買ったお金』でも、『何かを売ったお金』でもない」ということです。

 

 「何かを買ったお金」であれば、社会に存在している生産物やサービスを買ったお金です。「何かを売ったお金」であれば、社会に生産物やサービスを売ったお金です。このお金はどちらも、社会に存在している生産物やサービスを消費したか、生産をした結果のお金なので、生活循環の一部です。recycle

 

 ところが利益はその両方の差額であって、社会の生活循環の中の、消費からも生産からも、削り取られるようにして、大きくされます。updown

 

 ところで株主は「自分の財産を増やしてほしい」と思ってお金を出したのですから、配当金はたくさんほしがります。経営者はつねに努力をして、株主にたくさん配当を出せるようにしなくてはいけません。

 

 経営者はぎりぎりまで、努力をします。材料を買う時は、値切ります。そして、従業員の仕事のさせ方を工夫します。sweat01

 

 従業員の人数をできるだけ減らして、その人たちによく働かせれば、支払うお給料の金額を減らせます。人員削減です。

 

4_3

 

 働く方は大変です。たとえば本当は4人でするのがちょうど良いような仕事でも、3人半とか、あるいは3人でしなくてはいけなくなります。当然、仕事がとても忙しくなります。sweat01

 

 そうなると、エンデの「モモ」に出てきた床屋のフージーさんのように、よけいなことは一切せずに、時間を倹約して、なるべくたくさんの仕事をこなさなくてはいけません。clock

 

とにかくたくさん仕事をして、お客さんからたくさんお金をもらわなくてはなりません。株主が求めているのは、お金だからです。dollar

 

株式会社がそうすると、世の中の、株式会社ではない小さなお店なども、そうしなくてはいけなくなります。株式会社にお客を取られてしまえば、自分たちのお店がつぶれてしまいます。そうやって、社会の誰もが忙しくなってしまいます。sweat01sweat01sweat01

 

「モモ」の物語に出てきた、スピード料理のレストランの、ニノのように。sweat01

 
あるいは売れっ子になったエンタティナーのジジのように。sweat01

 
そして、ただせかせかと、仕事への愛情なども持たずに、掃除をし続けるべッポのように。sweat01

 本当はそうしたくなくてもそうしなくてはいけなくなってしまいます。sweat02

 

こうなると仕事は、もはや楽しくありません

 

でも株主は、お金を増やしてほしくて出資をしたのです。のんびりと仕事をする人は、クビになってしまうかもしれません。sweat01経営者だって、本当は会社の経営がしたかったのだから、そのようなことはしたくないかも知れませんが、でも、お金を増やしてあげないと、経営者自身もクビになってしまうかもしれないのです。sweat01

 

5_2

6

 

仕事とは本来、働く人にとって無理のないスピードで、それぞれがshine愛情と誇りshineをもってしていたはずのことだったのに…。

 

まさしく「時間どろぼうに、時間をぬすまれている」状態です。

★★★★★★★

 そして、ここでいま一度振り返ってみたいのですが、株式会社における3種類の関係者の中で、「利益とは、いったい誰が生み出しているものなのか?」という問題です。3種類の関係者とは、株主経営者従業員です。

 

株主でないことは、明らかです。株主はお金を出しただけであり、社会に何も生産していません。

 

でも経営者と従業員は、社会に生産をしています。経営者は組織の経営shineというサービスを生産しています。従業員は実際に生産shineをしています。両者は、生活循環を支えているのです。recycle

 

利益は、本当は経営者と従業員のものだと、私は思うのです利益は、両者の生産の代価です

 

これが、私が見つけた「時間どろぼう」の正体です。shadow

★★★★★★★

 そしてここで、資産運用全体に立ち返りますが、お金を発行している銀行もまた、(少なくとも市中銀行は)株式会社です。ということは、お金を発行している組織そのものが、もともと株主の利益を目的とする、私的な組織であるということです。

★★★★★★★

 
以上が、私が考える、現行のお金の問題点です。pen

| | コメント (0) | トラックバック (0)

結論です。(その10) 現行のお金の問題点(株式会社1)

 「お金は本来、ただの数値であって、その数値を貸してあげたからといって、そのことの報酬をもらうような性質のものではない」という視点から、現代の社会における、現行のお金の問題点を整理しています。

 

 私は、現行の社会の「資産運用」という習慣を問題視していて、「資産運用によって、お金が増えて戻ってくる」というのは、誰かのお金を、何の生産物やサービスとも交換せずに、ただでもらってきているのではないか?と考えています。

 

 ひとつ前の記事では、金利と投機について整理しました。どちらも、社会に何の生産物も、サービスも生み出すことなく、お金を得ています。

 

そしてこの記事では、株式会社を使用した資産運用について整理します。株式会社を使用した資産運用は、金利や投機とは少し性質が違います。

 

金利と投機は、まったくお金の世界の中だけの、お金の移動でした。でも株式会社を使用した資産運用は、お金の世界だけでなく、生産物やサービスを作り出す世界と関わりますshine。そのことは、簿記を使用して説明ができると思います。

 

簿記は、私たちの社会に存在する生産物やサービスの価値を、お金の金額で測定して、表示する技術です。

 

★★★★★★

 

はじめに、株式会社を使用した資産運用の意味を確認しておきます。

 

「会社を作って、社会に何かを生み出す仕事をしたい、けれどお金がない」という人は、お金を出してくれる人を必要とします。お金を出してくれる人は、通常2種類です。

 

ひとつは、お金を「貸してくれる人」です。この時のお金は、普通は金利がつきます。

 

もうひとつは、「出資をしてくれる」という人です。この時のお金は、金利はつきません。ただし会社に利益が出た場合は、利益の一部を配当金として払います。

 

出資をした人は「株」を持つことになり、その株は売ることができます。株を持っていれば配当金がもらえるので、配当が良く出そうだと期待される会社の株は、高く売れます。株を売った時に手に入るお金は、出資をしたお金の「払い戻し」の意味を持ちます。

 

そうすると、出資をした人が資産運用によって手に入れるお金は、ふたつの種類のお金の合計です。dollar

 

ひとつは株を持っていた時で、利益が出た時に定期的にもらえる配当金です。もうひとつは、株を売った時に高く売れれば、出資をした金額との差額が手に入ります。この両方の合計が、株式会社を使った資産運用によって、増えるお金です。

 

この時、株を転売した時に手に入る差額は、投機と同じです。株を持っていた人は、世の中に何も、新しい生産物やサービスは生み出していません。

 

ところで私が問題視するのは、配当金の方です。

 

★★★★★★★

 

ここで、株式会社に関する3種類の関係者を確認します。それは株主経営者従業員です。

 

そして株主と経営者の関係ですが、経営者というのは「株主のお金の運用をまかされた人」です。(この考え方については、「株式会社とは何か」(友岡賛著)という本をご覧下さい。著者は会計の歴史の研究者です。)

 

株主の目的は「自分の出資したお金を増やしてほしい。増やしてくれれば、お礼をします」というものです。ただし「お金の増やし方がうまくない時は、あなたには経営をやめてもらって、ほかの人に経営をまかせるかもしれません」ということもあります。

 

株主が会社に望むのは、「自分のお金を増やしてもらう」という、私的な目的です。

 

ここで経営者の目的ですが、こちらはふたつの目的が考えらえます。

 

ひとつは「株主のお金をふやしてあげて、お礼をたくさんもらう」ことです。もうひとつはもともとの、「組織の経営をして、大きな仕事をするshine」という、経営本来の目的です。

 

両者の合意の上に会社の経営は始まります。会社の経営とは、同時に株主の資産運用の始まりです。

 

2

★★★★★★★

 

その時の、簿記を使用して表示する、会社のお金の状態は次のとおりです。

★★★★★★

 
ところで会社の経営が始まると、経営者はふたつの目的を達成しなくてはなりません。

それは株主のお金を増やしてあげることdollarと、同時に、現実に従業員を雇って組織を運営し、世の中に何かを生産して、社会の生活循環の一部shineとなることrecycleです。

ところがこのふたつの目的は矛盾を含んでいると、私は思うのです。(続く)

4
(スライド、後から差し替えました…。)
★数字は思いっ切りテキトウです♪
(^^;)



携帯用リンクはこちらです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

結論です。(その9) 現行のお金の問題点(使用者間の資産運用)

 現行のお金の問題点について、整理しています。

 ひとつ前の記事では、お金の発行者が社会にお金を貸し出した時に、金利を得ようとする発想はおかしいのではないか?と、書きました。

 

 ここからは、お金の発行者に関する問題ではなくて、お金の使用者間での資産運用について、整理します。

★★★★★★★

 

 はじめに確認ですが、私が「お金のあるべき姿shine」と考えるのは、「生活循環を止めないお金recycle」です。具体的に言うと、社会の中で生産者と消費者の間をつなぎ、両者の間で取引が起こる都度、その場所に存在していられるお金です。shine

5

 

 この時の取引を確認しておくと、生産者から消費者には生産物やサービスが手渡され、その時、生産物やサービスを受け取った人は、生産者にお金を渡すという状況です。

 

heart

この時の、生産物やサービスの移動と、お金の移動は、それぞれ反対方向であり、両者は必ず1セットです。flair

8

9_5

★★★★★★★

 ところで、私たちの社会における資産運用ですが、「お金をいったん手放すと、お金が増えて戻ってくる」ということになっています。(減ってしまう場合もあります。)

 
資産運用は、運用する人から見ると「お金がお金を生む」とも言われますが、この時、本当にお金は「生まれて」いるのでしょうか?

 

そうでないことは、すぐにわかります。私たちの社会では、お金を「生ませる」ことができるのは、中央銀行と市中銀行だけだからです。そして市中銀行も、信用創造によって、お金は生みますが、それはお金を貸し出す時だけです。

 

ということは、資産運用は「お金がお金を生んでいる」のではなくて、「お金がお金を連れてくる」という方が正確です。資産運用によって増えて戻ってくるお金は、社会のどこかにあったお金が、その人のところに「やってきた」のです。dollar

 

この時、このお金は、いったいどこから「やってきた」のかを、考えてみます。

★★★★★★★

 

資産運用について、私は3種類に分けています。

 

ひとつは、社会の中で、誰かが誰かにお金を貸した時に、お金が増えて戻ってくる金利です。

 

もうひとつは、社会の中で、時間によって値動きのある何かを、値段が安い時に買って、高くなったら売るという、「投機」です。投機は、何かを買うという点では消費と似ていますが、はじめから転売目的で買うので、消費ではありません

 

もうひとつは、株式会社による資産運用です。具体的には株の売買差益と、配当金です。

 

これらの場合、お金が増えて戻ってきた時の、お金の移動は、つぎのとおりです。

 

金利は、お金を借りた人から、お金を貸した人への移動です。dollar

 

投機は、投機に参加した人同士の、お金の移動です。誰かが儲かれば、同時に誰かが損をします。dollar

 

株式会社を使った資産運用は、株の売買差益と配当金ですが、この運用は両方の意味を持っていると考えられるので、次の記事で整理します。dollar

 

ところでこの時、金利にしても、投機にしても、お金を出してあげた人は、社会にたいして、何の新しい生産物もサービスも生み出していません

 

金利を得る人は、もともと持っていたお金を貸してあげただけです。そしてお金とは、もともとただの数値です。(このことは、私たちの社会において、お金を貸してあげる人が、「偉くない」という意味ではありません。)

 

そして投機にいたっては、ただのギャンブルと同じです。どちらも、何も社会にたいして、新しい価値を生み出してはいません。

 

つまり資産運用では、生産者と消費者の交換が成立していないのです。



10


★★★★★★★

 私は、資産運用は、社会にたいしてふたつの問題を生み出していると、考えています。

 

ひとつは、資産運用は、もともと生活循環に使われないお金を使用して行われるため、資産運用を容認してしまうと、社会全体のお金が、どんどん資産運用のためのお金として、使われてしまうということです。

 

そうすると、社会の中のお金の量は有限なので、生活循環のために使われるお金の量が相対的に減ってしまい、社会の生活循環が停滞してしまいます。

 

つまり、生産しても、生産物やサービスが売れなくなり、失業者が増えます

 

そしてもうひとつの問題は、資産運用によってお金を得る人は、結局何も社会に価値を生産しないので、社会にただでお世話になっている(?)ような状態になってしまいます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

結論です。(その8) 現行のお金の問題点(発行者の金利)

 私は、社会に向けての「お金の発行」という仕事は、公共的な仕事であるべきだと考えています。私的な目的のために、発行されてはいけないと考えているのです。

 

 お金が適切な目的で発行されれば、社会の生活循環は安定し、社会の参加者は安心して働き、また生きていくことができます。そしてその継続によって、社会の生産能力は、ますます向上するはずです。heart

 

 その状態を具体的に言うと、社会の中で、生産物やサービスを提供したい人と、消費したい人の間で、売り買いの希望が一致した時には、その時の貸借の関係を表示するために、速やかに、適切な量のお金が融通されるということです。shine

 

 この時お金の発行は、社会全体の生活循環の流れを縦方向の流れだとした場合、流れにたいして横断的な方向で、発行、及び融通されます。shine

 

 お金はあくまでも、生活循環の流れの中で、生産と消費をつなぐための「つなぎ」の道具に過ぎないのです。流れの必要に応じて、お金は柔軟に移動、及び新規発行、消滅がされるべきです。recycle

 

 でもこれは、あくまでも私の理想でしかありません。実際には、私たちが現代の社会で使っている現行のお金は、決してそのような状態にはありません。

 

 私たちの社会に、過剰に作られては廃棄されている生産物があり、また、働きたいのに仕事がないという人が多く存在しているのは、お金が適切に発行されていないということと、適切に融通がされていないためだと思います。

 

発行される量が適切でないうえに、発行されたお金が、生活循環を円滑にする目的のためでなく、そのほかの目的のために使われてしまうことがあるためです。

 

 この記事と次の記事では、そうした私たちの社会におけるお金のあり方で、私が「適切でない」と考えている仕組みについて整理します。

 

 はじめは、お金の発行者による、お金の発行の時に発生する金利です。これは、中央銀行から市中銀行に貸し出される時の金利と、市中銀行が信用創造によって、数値を発行した時に発生する金利です。

 

 お金はただの、社会の参加者同士の、貸借の関係を表示する数値に過ぎません。大昔はしかたがなかったとしても、電子マネーが存在する現代は、この「数値が増える」ということの意味について、見直しがされるべきではないかと思います。

 

 単なる数値だけを発行すればよくなった現在、それでも金利は必要でしょうか?

 

 そしてまた、もともと社会にたいして、一定量しか発行していない数値を、時間が経過したからと言って、一定量以上回収しようとする発想は、おかしいと思うのです。お金の所有者は、社会の中でうやむやになるかも知れませんが、社会に発行してあるお金の総量を考えれば、まずありえない発想です。

 

(回収したいのであれば、発行者は差額分のお金をあらかじめ発行して、手元に用意しておいて、返済の時には自分で、返済された貸し出し額に足してあげてから、返済を受けるべきだと思います。libra

 

 お金の発行者から、社会の参加者に課される返済の義務と、金利の存在は、社会のお金の有り様を、不安定で、不足しやすい状態に置いてしまいます。

 

たとえば、社会に生産物やサービスが余っていて、同時にそれを消費したいという人が存在していても、その時、消費したいという人が、金利をつけて返せないと見込まれてしまうと、お金は融通されず、そのために生産と消費のつながりが、断ち切られたままになってしまいます。

 

 単なる、貸借の表示用の数値が発行されないばかりに、せっかく生産された生産物や、働きたい労働力が生かされず、同時にその一方で、生活に支障をきたしてしまう人が出てしまいます。sweat02

 

お金の発行者が主張する、返済の義務と金利は、社会にお金の不足を招くと思います。(社会の参加者同士の貸し借りについては、後述します。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

結論です。(その7) お金の発行者について

 ここまで、「生活循環を止めないお金shine」について、考えてきました。そしてそのようなお金の例として、私としては「社会の中で、生産者から消費者への生産物やサービスの受け渡しが発生する都度、発行されるお金」を提案しました。

 

 ここであらためて、「お金とは何なのか?」、そして「お金は社会の中で、どのような役目を果たしているのか?」を整理してみます。

 

 はじめに「お金とは何なのか?」ですが、答えは「単なる数値」です。私たちの現在の社会では、その数値を紙や金属片を使って、あるいは直接数字で、表現しています。pen

 

 次の、「何を表している数値なのか?」という、「生産物やサービスを交換し合うネットワークの参加者の中で、生産物やサービスを受け取った時に、相手側の『貸し』の量を表示する数値です。生産物やサービスの受け取り手にしてみると、「ネットワークからの借り」を表示している数値です。libra

 

 そしてお金の果たすべき役割ですが、「社会全体の『生活循環』を止めないことshine」です。recycle

 

(生活循環については、前述の記事をご覧ください。)

http://go-go-lemming.cocolog-nifty.com/okanetojikan/2012/03/post-dcd9.html

 

これはもう少し具体的に言うと、次のようなことです。

 

 生活循環の中の「生産」と「消費」をつなぐことshine

 ①は同時に、「社会の中の生産者と消費者をつなぐこと」です。生産物やサービスの、供給する人と消費をする人を、つなぐことでもありますshine

 ①、②の役目を果たす時に、受け渡しをされる生産物やサービスの価値を表示することshine

 

 私が今、はっきり考えられるのは、これだけです。

 

 お金が「社会全体の『生活循環』を止めないことrecycle」を目的に、社会の中で使われるようになれば、私たちの生産と消費のサイクルである『生活循環』は安定し、その継続は、社会全体の、生産技術の発展につながります。heart

 

その結果、社会の生産はますますらくになり、社会の参加者はますます豊かで、らくな生活carouselponyが送れるようになるはずです。heart

★★★★★★★

 

 ところで、このような目的を果たすべきお金ですが、そのお金は、いったい誰によってどのようなスタイルで発行されるのが良いのか?ということについて、考えてみます。

 

 私は、電子マネーが一番、使い勝手が良いと思うので、電子マネーを前提に考えてみます。

 

 電子マネーの場合は、基本的にメンバーの登録制、あるいはプリペイド・カードのような、表示する道具を持っている人がメンバーであるとして、メンバーを限定します。

 

 この場合の「メンバーshadow」という意味は、生産物やサービスを交換するネットワークのメンバーである」という意味です。shine

 

 そしてネットワークの中での発行者ですが、2つの方法が考えられます。

 

 ひとつは、生産物やサービスを受け取ることを決めたメンバーが、自分で発行する形です。つまり「買う人」が自分で数値を発行します。「何かを買うたび」に、数値がマイナス方向に大きくなっていきます。また、「何かを売れば」数値はプラスに大きくなります。

 

 もうひとつは、ある一定の機関が発行するという形です。

 

この場合は、「生産物やサービスを受け取りたい」つまり、「買いたい」人は、その機関に依頼をして、数値を発行してもらいます。つまり「借金」です。

 

この時、お金を発行する機関は、数値を発行するだけなので、金利を取ってはいけません。また発行したお金、つまり借金の返済期間を決めてはいけません

 

お金は、社会全体の生活循環を止めないための、中立的な道具であるべきだからです。libra

 

生産物やサービスを交換するための、単なる数値を発行しただけであり、返済期間を決めて金利を取ることは、生産物やサービスの交換をやりにくくさせてしまいます。

 

お金は、社会全体の生活循環にたいして、あくまでも『』であるべきです。

 

ということは、お金の発行者は、社会にたいして中立的に「お金の発行」というサービスを提供できる存在でなくてはいけません。「お金の発行」は、公共的な仕事であるべきです。shine

 

私的目的であっては、いけません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)