「頭がいい」が好き♪

学力と人間の善性は関係がない

 慶應大学で学生による性犯罪の事件がありました。(大学側は確認していないそうですが…。)

 

 何年か前の早稲田の事件、東大の事件、それから慶応の事件です。

 

 これで日本のトップ3の大学で、それぞれ性犯罪事件が起こったことになります。

 

 このブログの中でもよく考えるのですが、人間にとって「頭が良い」ということは、いったいどういうことなのだろうかと思います。

 

 そして、これらの3つの事件を考えて私が思うのは、「学力」というのは人間の本当に部分的な能力にすぎないのだろうなということです。

 わかりやすく言うと、運動能力の頭脳版とでも言うのでしょうか?

 

ものごとをよく記憶したり、複雑な考え方を理解したり、難しい言葉を使いこなせたり、あるいはもっと何かいろいろ、とにかく人間としては本当に限定された、一部の能力であるような気がします。

 

 そして学力と、人間の善性は関係がない。shine

 

 東大だろうが、早稲田、慶応であろうが、その性質が良くない人間は、結局他者を傷つけるような悪い人間になるのです。

 

 なかにはその悪さが社会のルールを飛び出して、犯罪者となる者もいるかもしれません。

 

 あるいはその悪さを社会のルールの中におさめたまま、結局犯罪者とはならないまでも、たくさんの隠れたずる賢さを発揮して、世の中をよくない方向に導いていくかもしれません。

 

 そういう風に考えると、学歴というものを基準に考えて、世の中がそういう学生に良い待遇を与えていくような社会なら、その社会が良くなるはずなどありません。

 

 このことは、先にあげた、それぞれの大学の学生や大学が悪いというよりも、それらの大学や学生を認識する社会の意識の方が悪いと思います。

 

 社会の方が学力という、人間の能力の中の本当に一部の能力を、異常にあがめて称えてしまうから、結局大多数であるはずの庶民が住みにくい、よくない世の中ができるのです。

 

 学力と、人間の善性はまったく別!sun

 

 世の中にもっと、そうした認識ができればいいのにと思います。

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つまらなそうに読めばよかった…

 ブックオフを歩いていたら、おもしろそうな本を見つけました。

 

 手にとってちょっと読んでみたら、本当におもしろかったのです。

 

 しかも、私が以前から知りたかったあることの答えが、わかりそうな本でした。shine

 ついついそのまま立ち読みをしてしまいました。

 

 その間、私はおそらく無言のままではありましたが、「ああっ!(驚愕)」とか、「なるほど~(うんうん!)」などと、すっかり心の中を表現し切ってしまっていたかもしれません。

 

 近くには何人かの人がいたのですが、そんなことはおかまいなしに、けっこう一所懸命、読んでしまいました。

 

 知りたいことの答えがわかったので、その本は棚に戻して、またほかの本を見に通路を歩いていました。

 

 ところが、しばらくしてから、「あっ、あの部分はもう一度確認しておかなくちゃ!」と思う箇所に気がついて、先ほどの立ち読みをしていた場所に戻りました。

 

 そうしたら、私が読んでいた本の場所が、ちょうど1冊分ぐらいの隙間になっていて、先ほどの本がありません。(!)

 

 おそらく私があんまりおもしろそうに読んでしまったので、あの後、近くにいた人が手にとって読んでしまったのではないかと思います。

 

 そして、そのまま買ってしまったのではないでしょうか?!

 

 なにしろ、ほんの10分もたっていなかったような気がするのです。

 

 「ああっ、もっとつまらなそうに読んでおけばよかった!sweat01と、ひとり、後悔してしまいました。

*↓おもしろそうだった本です♪(笑)

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いつでも「頭がいい!」が好き♪

 自分という人間を観察していると、とにかく「頭がいい!」という感動が好きだと思います。shine

 

 それは人でも何かの組織でも、何かの状態を見たり、方法を知った時、「そのやり方って、とても頭がいい!」と驚いて、心が高鳴るような気持ちが好きなのです。

 

 だから、そういう環境にいると、とにかくうれしいです。shine

 

 「ステキね! カッコいい!」と心の中がときめいて、その場所にいること自体を楽しく感じます。

 

 ところで、この「頭がいい」という感覚ですが、それがいったいどういう状態を見つけた時に、自分が「頭がいい」と感じるのか、今ひとつ上手に言語化することができません。

 

 わかっていることは今の時点では、それはどうやら学歴とはまったく関係がないらしいということぐらいです。

 

 私自身はたいした学歴もないので、高学歴の人のお話などを聞いていると、「なんて頭がいい人なのだろう」と思うことはあるのです。book

 

でもだからと言って感動するかというと、意外とそうではないのです。

 

 かなり極端なたとえになりますが、私にとっては高学歴で難しい思考ができるということと、ジャグリングが上手で素晴らしいということの間には、それほどの違いがないようです。

 

 どちらも素晴らしいのですが、でも私の心がドキドキ、ときめくものとは少し違う…、といった感じです。

 

(「敬意を感じない」、という意味ではありません。)

 

 私はおそらく、世の中で普通に言われる「頭がいい」という状態を、人間の多様な能力のひとつと、それぐらいの感覚でとらえているのだと思います。shine

 

 そうではなくて世の中には、普通の学歴、あるいはそれほどの学歴ではない人でも、「ああ、この人って、本当に頭がいい!」と、私に感じさせる何かを持っている人もいる。

 

 普通の人なのに何か、私の美感を大きく刺激して、「とてもステキだ!」と、私にはっとするような驚きを感じさせてくれる、何かの資質を持っている人がいるのです。

 

 それは人だけでなく、企業や組織もそう。

 

 まるで組織の中に織り込まれているように、様々な部分で頭の良さ、いわゆる「スマートさ」とでもいうのでしょうか。

 
そういう感覚を感じさせてくれる組織もある。shine

 このカテゴリーでは、そんな私の美感に触れてくる「頭の良さ」というものについて、探っていこうと思います。

 

 このテーマは、一見経済とは何の関係もないように思われるかも知れません。

 

 でも実は、関係があるのです。

 

 その理由はどうしてか、今は自分でもわかりません。(笑)

 

でもこのカテゴリーに記事を重ねていくことで、これから少しずつ明確にしてゆきたいと思います。

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