平和を思う

「百合子さんの絵本」というドラマ

 7月31日にNHKで放送された「百合子さんの絵本」というドラマが、再放送されます。

 

 反戦のドラマとしても、また夫婦の愛情のドラマとしても、とても良いドラマだったのですが、私には少し状況の背景が難しく、つかみきれないところがありました。

 

 今度はしっかり見たいと思います。

shine(^^)shine

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終戦スペシャルドラマ「 百合子さんの絵本~陸軍武官・小野寺夫婦の戦争~」

 

http://www4.nhk.or.jp/yurikosan/#

 

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平和を楽しむ(大田区「花火の祭典」)

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 今年の終戦記念日は、あまり終戦記念日の気分がしませんでした。

 テレビの番組表は、ほとんどリオとSMAPと高校野球で埋まっていたようです。

 
楽しいことはいいことですが、それにしても、まだほんの71年前の戦争をすっかり忘れてしまったかのような雰囲気には、かなりの違和感がありました。

 夜は、大田区の平和都市宣言記念事業である「花火の祭典」を見に行きました。

 前日の天気予報では、夕方からの雨が心配でしたが、幸い、風が強い程度のお天気で開催されました。

 

 蒸し暑い草原で、私にしてはめずらしく人ごみの中、花火を見上げていると毎回、平和であることの幸せを感じます。

 

 平和というのは、普通に生活を楽しめることだと思うのです。shine

 誰かに生活の楽しみを壊されることがなく、誰かに苦痛を強いられることもなく、安心して、安全に普通の生活ができること。

 

 近くのビニールシートでは、若い人たちのグループが赤ちゃんを抱きながら、ビールを片手に楽しそうでした。

 

 時々、歓声が上がります。

 

 日本はまだまだ、本当の平和とは言えないけれど、幸い、積極的に他国の幸せを破壊しているというわけでもありません。

 この花火の祭典は、毎年必ず8月15日の終戦記念日に行われます。

 

 テレビは戦争を忘れるかもしれませんが、この花火大会はいつまでも、戦争を忘れず、同時に平和のありがたみを感じさせてくれるイベントであり続けてほしいと思います。

 

大田区は昭和59年に世界の恒久平和と人類の永遠の繁栄を願って、平和都市宣言を行っているそうです。

 

大田区は、モノづくりの街として、それから平和都市宣言の街としても、カッコいいですネ♪

 

今年も見事な花火を楽しみました。

 

shine(*^^*)shine

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「絶対悪」という概念と平和の祈り

 さきほど、平和記念式典の放送を見ながら黙とうしました。

 

 その後に、広島市長の言葉を聞き、私は恥ずかしながら、はじめて「絶対悪」という概念を知りました。

 

 目を開かれるような気持ちがしました。

 

 「平和を祈る」ということは、20代前半からある宗教の会員であった私には、日常的なことでした。

 

 私はことあるごとに「世界人類が平和でありますように」と祈っていました。

 

 365日、いつでも、でした。

 

 でも今朝、「絶対悪」という言葉を知った時、私は、自分が過去に祈りながら、自分が望んでいた平和な社会というものが、いったいどういうものであったかを知ったのです。

 

 言い換えれば、その瞬間まで私は、自分が望んでいる平和というものが、いったいどういう状態のことを言っているのか、自分でも、それほど明確ではなかったということです。

 

 「絶対悪」のない世界。

 

 この「絶対悪」という言葉も、考えることが好きな人たちの手にかかると、たちまち何がなんだかわからなくなってしまいますが、今はその点はつき詰めずに、話を進めます。

 

 「絶対悪」のない世界。

 

 私にとっては、殺人や人権侵害、人間の心身への暴力のない世界といったところでしょうか?shine

 
これは今、即座に考えた定義なので、あとからもっと出て来るかもしれません。

 

 でも、私が長年、自覚もせずに望んでいた「平和な社会」とは、つまりそういうことだったのです。

 

 いかなる理由があろうと、人間が、たいした理由もなく、他の人間の人権を侵害してはいけないと思うのです。

 

 そして、人権というものは、尊重されなくてはいけないと思うのです。

 
こんな風に書くと、人間の拘束という問題に関して、「(絶対悪という基準による)悪いことをする人にだって、自由でいる権利があるじゃないか」という人もいるかもしれません。

 

でも、それは違います。

 

 なぜなら「(絶対悪という基準による)悪いことをする人」というのは、他者の人権を侵害する人なので、社会の中で自由にさせておいたら、他者の人権が侵害されてしまうからです。

 

 他者には人権を侵害されない権利があり、それを実現させるためには、「他者の人権を侵害する人」を自由にさせないようにするしか方法がありません。

 

 つまるところ、この話は、「他者の人権を侵害してもいいと考える人」と、「他者の人権を侵害してはいけないと考える人」が、同じ社会の中でどう共存していくかという問題だと思うのです。

 前者は自分の人権は主張したいが、他者の人権は侵害したいと考えている。

 

一方後者は、自分の人権も、他者の人権も侵害されてはいけないと考えている。

 

 そこには、両者の間の「折り合い点」はありません。thunder

 一部の人の人権だけなのか、それとも全員の人権なのかというふたつの考えは、同時に存在できないからです。

 

 平和を祈りながら、こういうことを書くのはおかしいようですが、最近は「平和を守るための戦い」というものも、存在すると考えるようになりました。

 

 「戦い」と書きますと、すぐに「武器を持って」とか発想しそうですが、そうではなくて「絶対悪」は行わず、「平和でありたい」という主張をし、意思表示をするということが、私の考える「戦い」です。

 

 広島市長の話の中に、18歳で被爆した女性の言葉がありました。

 

 たしか、後世の人に伝えたいこととして、「核はいけない」と言ってほしいという意味のことでした。

 

 それが、被爆をしていない人が、自分の生命を活かす道になるというのです。(記憶が曖昧です。間違っていたら、すみません。)

 

 これは、私にとっては衝撃的な発想でした。

 

 「『いけない』と言う」ということが、そもそもひとつの、社会に対する「運動」だったと気づいたからです。

 

 何も言わずに黙っているのではなくて、平和に反することに対して「いけない」と言う、ということだけでも、平和への積極的な行動だったのです。

 広島市長のお話はそれほど長いものではありませんでしたが、大変、心に響くものでした。

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モハメド・アリさんと平和への道

 草食系の性格の私が、ボクシングというスポーツを見ることはありません。

 

 正直に言いますと、ボクシングを見ていることが、できないのです…。sweat01

 

 ですので、モハメド・アリさんのことは名前以外、ほとんど何も知りませんでした。

 

 ところが最近亡くなったことで、アリさんに関する情報が多くなり、私も少しは知るようになりました。

 

 そして先日、見るつもりもなく流していた「クローズアップ現代」で、モハメド・アリさんという人がひとりの人としても、本当にすごい人だったことを知りました。shine

 

 国家と対立しても、ひるまない。thunder

 その心の強さはいったい、どうやって培われたものなのでしょう?

 

 アリさんは、何を信じて生きていたのでしょう?

 

 神さまを?

 

 自分を?

 

 それとも、人間の善性をいうものを?shine

 国家を前にしても、まったく屈しなかった彼の世界観を知りたいと思いました。

 

 そして日頃、自分自身があまりにも軽々しく言葉にし続けていた、「平和」という言葉の軽さを、思い知らされたような気持ちになりました。

 

 平和を祈ること、願うことなど、簡単だったのです。

 

 人間は人との関係を気にせずに、ひとりで平和を祈ったり、願ったりすることならば、簡単です。

 

 それよりも、人間は人との対立を怖れるものなので、大勢の反対者の前に立って、自分をはっきり主張することの方が難しい。thunder

 嫌われ、反発され、場合によっては攻撃されるかもしれません。

 でも実際に平和を実現したい時は、人間はアリさんのように、国家にさえも「NO!」と言えるほどの強さを持たなければ、平和など得られないのかもしれません。

 

 それは国家ほどの大きな反対者ではないとしても、小さな、自分と同じ程度の小粒の相手にでも、「自分はこういう考えを持っている」ということを、時にはきちんと主張できる強さが必要なのだと思います。

 

 ただ同時に、人には「器(うつわ)」というものがありますから、誰もがモハメド・アリさんほどまで強くなる必要はないかもしれません。

 

 小さな器の、小粒の人間たちだって大勢集まれば、もしかしたら映画の「ファインディング・ニモ」のように、ものごとの状況を変えられるかもしれないのです。shine

 (映画の「ファインディング・ニモ」では、小さい魚たちが「一致団結!」して、自分たちを捕まえた大きな船の網から逃げ出していました。)sun

 

 でも、それでも、ひとりも全員も、ほとんどが国家の前にあっさり屈してしまう国ならば、そこには平和などあり得なそうです。

 

 アリさんをとおして知った「平和」は、あまりにも強烈で圧倒的なものでした。shine

 平和というのはそれぞれが、それぞれの器の範囲の中で、真摯にその人の最大限の誠実さをもって、表していくものだと思いました。

 

 アリさんは、あんなに真摯に「自分」を生きた人なので、どう考えても幸せな場所以外に行くところなどなさそうです。

 

 ただただ、輝きを見つめながら、お送りさせていただきたいと思います。shine

 

*リンク先は、NHKのクローズアップ現代です。

http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3820/index.html

 

 

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「細雪」、戦争、そして女性に愛されたことのない男たち

 11月11日のNHKの「歴史秘話ヒストリア」で、谷崎潤一郎が取り上げられていました。

 

http://www.nhk.or.jp/historia/backnumber/264.html

 

 「痴人の愛」、「春琴抄」、…。

 

 私には眩暈がしそうな世界です。

 

 どうして女性にたいして、あのような奇妙な感情を持つのでしょう?

 

 そうした女性観を持つように至った作家の幼少期と、その母親との関係は、いったいどのような心象のものだったか?

 

 谷崎自身の個性についても思いますが、同時にその、女性に対する奇妙な感情の原型となったと思われる、母親との関係についても、思いをはせずにはいられませんでした。

 

 その谷崎の作品は、3度目の妻となった松子さんとの生活が始まってから、違う世界を写し出します。

 

 「細雪」は、刺激ではなく、穏やかで、そして華やかな、女性たちの個性による美しさが、それこそ満開の桜の花のように描かれている作品です。shine

 

 谷崎にとってはそれほどに、妻である松子さんとその妹たち、そして松子さんの娘さんとの生活が、楽しいものだったのではないかと思われます。

 

 昭和18年、華やかな物語である「細雪」の連載を始めた谷口ですが、時代は戦時下に入り、軍部によって連載が禁止されてしまいます。

「贅沢は敵」とされる時代に変わっていたのでした。

 

 発表の場を失っても、谷崎は密かに書き続けました。

 

 自分が愛を持って見ていた女性たちが、穏やかに四季折々を楽しんで生きていた時間を、綴っていたのです。

 

 戦争によって激しく破壊されていく世の中と、あまりにも対照的な「細雪」の世界。

私は、ため息をつかずにはいられませんでした。

 

 「細雪」という作品には、女性を「美しい存在」として見る価値観があります。shine

 

 四姉妹の個性ははっきり書き分けられ、それぞれがひとつひとつの花であるかのように、その美しさを表し、過ぎゆく時間の中を生きています。

 

 作家の目は、そうした女性たちを見つめることに、大きな幸福を得ていたと思うのです。

 

 ところが時代の方は、女性たちに悲しく辛い思いをさせ、美しさを破壊する時代に変わっていくのでした。

 

 戦争中は、人命を粗末に扱う、愚かな時代でした。

 

 たくさんの女性たちが、悲しみに泣きました。

 

 戦争を引き起こした男たちには、女性の美しさを大切にする心がありませんでした。

 いつの時代でも、戦争を好む男たちの女性観というものに、私はひとつの特徴をとらえます。

 

 それは、彼らには、普通の女性たちが自然に備え、愛する誰かに伝えていくような、「生命への慈しみ」という心がないということです。

 そのためなのか、彼らにとっての女性という存在は、敬意を持つような存在ではないようです。

 

 彼らにとっての女性は戦利品であり、欲望の対象であり、労働力であり、人口を増やすための道具であり、とにかく、大切にいとおしむという存在ではありません。

 

 そうした男たちは平気で、女性の美しさを破壊します。

 

 幸いな話として、日本の現代の多くの男性は女性に優しく、女性を大切にしています。

 

 とりわけ、性格まで本当に優しい男性は、まるで大切な花でも守るように、女性を温かく見つめては、その存在の美しさを愛おしんでくれるものです。

 

 その目の奥に見えるのは、どう見ても、かつての「優しいお母さんから、たくさん愛されてきた、幸せな男の子」の心でしょう。shine

 大好きなお母さんに愛されて、優しくなれない男の子など、いるでしょうか?

 

 戦争を引き起こすのは、そうしたお母さんからの優しい愛に恵まれず、優しさを学べずに育った男たちではないかと思うのです。

 

 あるいは女性や母親から愛されても、生命への慈しみを持たない、冷たい女性から愛された男たちだったかもしれません。

 

 美しかった、たくさんの日本の女性たちをモンペ姿に変えてしまい、竹やりを持たせた、哀れな男たち。

 

 異国で、たくさんの美しい女性たちを傷つけてきた、愚かな男たち。

 

 日本の、たくさんの優しい母親を悲しませる方向に、国を導いた哀れな男たち。

 

 戦争指導者とはある面で、「女性に愛されたことのない哀れな男」のことだと、私は思うのです。thunder

 
それは、今だって…。

 

 戦争だけではありません。

 

 経済政策だって誤れば、多くの女性に粗末な服を着せ、くたくたに疲れるほどの労働をさせては、笑顔を破壊してしまいます。

 

 政策の誤りが、女性の美しさを、壊してしまうのです。

 

 映画の「細雪」の世界は、大変美しいものでした。

 

 男性が、女性を美しくいさせてくれる社会とは、愛のある豊かな社会だと思います。shine

 

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もしも世界中の軍隊が、「自衛隊」に変わったら?

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注意:この文章では、「軍隊」を侵略等も含めた、積極的な攻撃をする存在、「自衛隊」を積極的な攻撃というものは一切せず、人命に対する防衛的な存在として、書いています。

 

 ある時、思います。

 

 もしも世界中の軍隊が、すべて「自衛隊」に変わったら?shine

 

 そうしたら、世界はどんなに安全で、心頼もしい場所へと変わるでしょう?

 

 自衛隊は、武器を消費するための、無用な殺りくはしない存在です。

 

 自衛隊はいつでも、守るだけ。shine

 

 自衛隊は、普通の生活者を傷つけたりはしない存在です。

 

 ましてや赤ちゃんや、人命救助に来ているお医者さんを、絶対に攻撃したりはしない存在です。

 

 自衛隊が攻撃にまわるのは、自分を含めた人命が、明確な他者によって危険にさらされた時だけです。

 

 その時だけ自衛隊は、人命を守るために、やむを得ず「明確な攻撃者」を攻撃するかもしれません。

 

 軍隊と自衛隊は、見かけだけ考えれば似ています。

 でも、その存在の意味は違うはず。shine

 

 軍隊はあれこれ理由をつけては戦争をしたがる「ならず者」にもなり得る組織ですが、自衛隊は人が危険な目に合った時に、力を発揮して守ってあげるだけの善良な組織です。

 

 人命を奪って地位が上がるのが軍隊ならば、人命を守ることで栄誉を受けるのが「自衛隊」でしょう?shine

 もしも世界中の軍隊が、すべて「自衛隊」に変わったら?

 

 どこかで大きな災害が起こったら、たくさんの国の「自衛隊」が協力し合って、救助にあたります。shine

 日頃の厳しい訓練を活かして、小さな子どもや困っているお年寄りを。

 

あるいは必死でわが子や家族を守っている、お父さんやお母さんを助けます。

 

 その姿は、子どもたちの目にはどのように見えるでしょう?

 

 破壊された町に立ってポーズをとるような「ならず者」よりも、小さな子どもを抱える強靭な勇者は、どれほど頼もしく、立派な存在に思えることでしょう?

 

 資本主義社会は、戦争を好みます。

 

 底なしに武器を消費させる戦争や紛争ほど、軍需産業にとっておいしい市場はありません。

 

 たとえ、それに伴って、たくさんの人命が失われても…。

 

 資本は舌なめずりをして、武器が消費されていく市場を求めます。

 

 資本主義社会は、世界が敵愾心に満ちていて、軍隊が戦い合う状況を喜びます。

 

 傷つけられる人命と引き換えに、底なしに消費されていく軍事費が、株主に利益をもたらすからです。

 
「資本」はひたすら、自己増殖を目論み、その時、一切の善悪を気にしません。

 

 資本主義社会とはそういうものであり、だからこそ、私は思いたい。

 

 そういう世界の中に立ちながら。

 

 もしも世界中の軍隊が、「自衛隊」に変わったら?shine

 

 世界はどれほど安心で、心強く、頼もしい場所へと変わるでしょう?

 

 軍隊と自衛隊は、外見だけならば、とても似ています。

 

 でも根本的に違うのは、その存在の「目的」です。shine

 

 見かけはとても、似ていても。

 

 実際に町を焼きつくし、市民を傷つける軍隊ならば、それはテロリストの行動と変わりません。

 

 それよりも、人間の生命を守ろうとする自衛隊は、もっと誇りある存在であるように思うのです。shine

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